2021/05/24
マルゼン「コルト・マークスマンガバメント」【毛野ブースカの今月の1挺!番外編】
「月刊アームズマガジン」編集部の毛野ブースカがおくる『毛野ブースカの今月の1挺!』 。今回は番外編パート2ということでマルゼンの『コルト・マークスマンガバメント』とチヨダの『ハードボーラー・ターミネーターカスタム』だ。
【番外編パート1】グンゼ産業「ソシミSMG821電動ガン」はコチラ
突然だが、みなさんこのハンドガンを見て、何を再現したものだかわかるだろうか。
正解はコルトガバメントだ。
確かにグリップ形状に面影はあるものの、スライド? レシーバー? の形状はまったくの別物だ。リアルとはお世辞にも言い難いし、架空銃といってもどこか中途半端な外観をしている。ぶっちゃけ言えばカッコ悪く「コレジャナイ感」が漂う。今回は番外編パート2としてエアガン黎明期に作られたエアコッキングガン、マルゼンの「マークスマン・コルトガバメント」とチヨダの「ハードボーラー・ターミネーターカスタム」を紹介しよう。
マルゼンのマークスマンガバメントは1970年代後半に発売された。その当時のエアガンと言えばタカトクのSS9000やマスダヤのデタッチャブルなどが有名だ。このモデルは直径4.5mmの金属製BB弾やエアライフル用ツヅミ弾を発射できるアメリカ・マークスマン社製のトイガンをマルゼンがコピー(再現?)したものだ。素材はABS樹脂製。マルゼン製は口径がボアアップされて6mmBB弾と6mmツヅミ弾仕様になり、日本で初めて6mmBB弾が採用されたエアガンだという記念すべきモデルだ。マルゼンが製造し、販売はポストホビーが担当した。当時の価格で4,800円だった。
一風変わった外観もさることながらユニークなのはコッキング方式だ。一般的なエアコッキング式ハンドガンの場合スライドを引いてピストンをコッキングする。それに対してこのモデルは儀式のようなプロセスが求められる。まずトリガーを引きつつスライド(ボルト)ストップを下げてスライドのロックを解除してからスライドを引く。スライドを引き切ったところでスライド前部にあるチャンバー/バレルを持ち上げてBB弾を装填、チャンバーを戻してからスライドを押し込むとスライドストップがかかってスライドが固定されて発射準備完了となる。装弾数は1発だ。
コッキングにはかなりの力が必要で、とても子供では引けない。トリガープルは重くてキレも悪くて命中精度も低く、前後サイトはお飾り程度なので精密射撃は難しい。今の視点から見るととんでもないエアガンだが、当時のガンマニアは心を踊らされたのだ。エアガン黎明期はこのような製品が存在したのだ。
一方、チヨダのハードボーラー・ターミネーターカスタムは、1986年頃に登場したマルゼンのコルト・マークスマンガバメントをモダナイズドしたものだ。今回紹介するシルバーモデル以外にブラックモデル(名称はハードボーラー)がある。その名のとおり某映画の主人公が手にしていたレーザーサイト付きAMTハードボーラー7インチロングスライドをイメージしたものだ。このモデルもコルト・マークスマンガバメント同様お世辞にもリアルとは言い難く、遠くから見れば何となく「あれ、このハンドガンはハードボーラーかな?」と思える程度だ。ちなみにシルバーモデルとブラックモデルの違いは色以外にグリップが異なっていた。
構造はほぼ一緒だが、マルゼン製との大きな違いは装弾数150発の自重落下式のスコープ(レーザーサイト)型マガジンを採用していることだ。自重落下式とはフォロワースプリングやゼンマイなどを使ってBB弾を強制的にチャンバーに給弾するのではなく、BB弾の自重で自然にチャンバーに給弾する方式だ。ライブカート式エアコッキングガンが主流だった当時、装弾数を増やす手段としてケースレス化(カートリッジを使わずにBB弾を装填・発射すること。現在では当たり前になっている構造)と自重落下式マガジンを使ったカスタムが一般的に行なわれており、それに倣ったものと言える。市販のハンドガンで装弾数150発は最大で、今でもこの装弾数を超えるハンドガンは存在しない。
このスコープ型マガジンはチューブラーサイトにもなっているだが、単にスコープの真ん中が貫通しているだけなので、狙って当てられるような代物ではない。ロングスライド化によりインナーバレルが延長され、スライド(ボルト)ストップはトリガーを引かなくても解除できるようになり、チャンバーを持ち上げる動作も必要なくなった。しかし、よりパワーを確保するためにスライド(ボルト)を引く動作と押し込む動作のどちらも必要なダブルスプリング式の採用により連射しにくく装弾数の多さを生かし切ることはできなかった。
このモデルが発売された当時、MGCからM93R、ウエスタンアームズからはAR-7、アサヒファイアアームズからはバトルマスターといったガスガンや、東京マルイのエアコッキングガン・ルガーP08といったエアガンに革命を起こした製品が続々と登場していた。装弾数の多さやハンドガンで数少ないケースレス式というメリットはあったものの、すでに旧態依然と化していたメカニズムはユーザーからの支持を受けることなく市場から消えていった。
エアガン黎明期においてハンドガンをエアガン化することは技術的課題が多く難しかった。マルゼンのコルト・マークスマンガバメントはその難題にユニークなメカニズムで挑戦したものの結果的に独自性が仇となり、その後に続くチヨダのハードボーラーとともに生き残ることはできなかった。これらのモデルが復活することは二度とないだろう。前回の番外編で登場したグンゼ産業のソシミSMG821電動ガンと同様、後世に伝えるための永い眠りについてもらおう。
[プロフィール]
アームズマガジンの編集ライター。エアガンシューティング歴35年。数多くの国内シューティングマッチ入賞経験に加えて、1999年、2000年に開催されたIDPAナショナルズ参戦、シグアームズアカデミーや元デルタフォース隊員のラリー・ヴィッカーズのタクティカルトレーニングを受講するなど実弾射撃経験も豊富。今まで24年、280冊以上のアームズマガジンと関連MOOKの制作に携わる。
Twitter:@keno_booska