2021/04/22
日本警察拳銃「SIG P230JP」の迷走
日本警察がSIG SAUER P230の日本特別仕様を導入したのは1997年のことだ。当時、制服警官の装備はリボルバーのニューナンブからセミオートのP230に置き換わるのではないか、と考えられていたと記憶している。今回はそのP230について解説しよう。
旧Gun誌1994年10月号に載った日本警察新拳銃候補はワルサーPPK、ベレッタ92F、H&K P7、グロック17、SIG P230、そしてミネベアで試作した新型オート(これはM90って名称がついていたらしい)だった。しかし、この6機種の中からニューナンブに替わる新たな候補を選ぼうとしていたとする説はかなり怪しい。おそらく当時は情報が錯綜していたのだと思う。PPKとP230、そしてミネベアM90(この銃は雰囲気的にはアストラ コンスタブルっぽい恰好だ)の3機種は似たようなものだが、P7とベレッタ92F、グロック17は全く別カテゴリーの銃だ。同じ土俵で比較するものではない。さらにスクイズコッカーを装備するP7は操作性が特殊すぎてこれを地域課の警察官(いわゆる普通の警察官)に支給するのであれば、全員再教育が必要だろう。またセイフアクションのグロックも訓練せずにいきなり使いこなすことは難しい。
結局、日本警察はP230の特殊仕様を採用した。それがどんなものかは2000年のSHOT SHOWで公開され、その後ドイツのIWAアウトドアクラシックスでも公開、2001年には米国で約400挺のP230日本警察仕様が市販された(当時米国法人はSIG Armsと呼ばれていた)。販売時にこれは日本警察仕様であることも公開され、コレクターの間でP230JPと呼ばれるようになった。JPはいうまでもなくJapanese Policeの略だ。
実際のところ、ノーマルのP230にマニュアルセーフティとランヤードループを追加したわけだが、SIG SAUERが日本警察の要求するこの特殊仕様を受注したということは、おそらくものすごい数のオーダーがこの先にあることを示唆されたからではないかと思う。日本警察の地域課に所属する警察官の装備を原則すべてこれに置き換える方針ならば、その数は10万挺以上となる。
すでにマニュアルセーフティなしで完成していたP230にこれを追加するのは、結構面倒だ。数千挺のオーダーだったら、SIG SAUERは請けなかっただろう。数万挺、あるいは10万挺以上を購入する予定だと言われ、SIG SAUERもその気になったと推測する。但し、マニュアルセーフティの追加改造の内容は、ずいぶん雑だ。本来ならレバーを上げてon、下げてoffという動きであるべきだが、でき上がったP230特殊(JP)仕様のセーフティは動きが逆となっていた。上げてoff、下げてonという操作はとても使い難い。
おそらく当時の日本警察は、新たな拳銃の採用に際し、かなり混乱した状態だったのではないかと推測する。実際の運用についてほとんど考慮せずに選定がおこなわれたように見える。そして同時期、S&Wにモデル37エアウェイトも発注された。
そもそもP230に追加されたこのマニュアルセーフティは何のためのものだったのだろうか?
今でこそ活用されなくなってきたが、かつて日本警察は暴発防止のため、ニューナンブのトリガー後方に安全ゴムを装着していた。これをトリガーガードにハメ込むとトリガーが引けなくなるのだ。撃つためにはまずこの安全ゴムを指で押し出す。2000年代になって、緊急時に素早く撃てず、警察官が命を落とす恐れがあるとして安全ゴムの装着をやめる都道府県警察が増えたが、90年代にはごく普通に活用されていた。P230のマニュアルセーフティはonにするとトリガーとハンマーをロックする。スライドも引けなくなるので、安全ゴム以上の安全性が確保されるものだった。
しかし、「昭和三十七年国家公安委員会規則第七号 警察官等けん銃使用及び取扱い規範」と呼ばれる警察官の拳銃取扱マニュアルによれば、セミオートマチックピストルを装備する警察官はチェンバーを空の状態で携帯することを義務付けられている。この規範は何度も改定されており、最新版は令和元年5月24日に国家公安委員会規則第一号による改正だが、現在も以下のように書かれている。
「射撃するときのほか、回転式けん銃にあつては撃鉄を起こさず、自動式けん銃にあつては、所属長が特に指示したときを除き、薬室にたまを装てんしないこと」(“あつて”という表記は法令用語)
すなわち地域課の警察官(普通の警察官)は、所属長が指示したとき以外は、チェンバーは空で携帯しているのだ。チェンバーが空なら絶対に暴発はありえず、マニュアルセーフティなどいらない。例外は警備部の警察官で、こちらはSATなどの特殊部隊、銃器対策部隊、さらにはSPなどの要人警護官が所属する部門だ。彼らは常時チェンバーロードで瞬時に発砲できる体制をとっている。一般の警察官の場合、被疑者に向けて発砲する事態になっても可能な限り、殺さず抵抗力を奪って逮捕することを目指すのだが、警備部の場合は違う。相手はテロリストであり、警護する対象を守ることが最優先だ。テロリストがボディアーマーを装着している可能性もあるため、確実に相手を倒すためには狙う場所は1ヵ所しかない。警備部の警察官にとってP230JPのような操作性最悪のマニュアルセーフティなど論外だ。1980年代ならともかく、90年代以降は非力な7.65mmなど採用しない。事実、警備部の装備の主流は現在、HK P2000からグロックになりつつある。トリガーを引くだけの確実に撃てる。そしてパワーがある。彼らにはこれが重要なのだ。
したがってSIG SAUER P230は地域課の一般警察官の装備として選択され、暴発防止のためにマニュアルセーフティが装備されたが、そもそも彼らはチェンバーを空にした状態で携帯するので、マニュアルセーフティは全く無意味なものであった。さらに言えば、ダブルアクショントリガーも不要だ。発砲する際には、その直前でスライドを引いてチェンバーに弾薬をロードするのだから、トリガーシステムはシングルアクションでじゅうぶんということになる。そう考えるとP230の採用は不適切な判断だったのではないだろうか。これに比べれば厚生省(現在の厚生労働省)麻薬取締官が導入したベレッタ85Fの方がずっと良い。
P230JPの最初のロットを輸入し、一部の警察官に試験的に導入した結果、現場から不満が噴出したと推測する。ニューナンブに慣れた現場からは、「こんな使いにくい銃は困る!」と言われたのだろう。リボルバーでしか訓練を受けていない警察官にとって、セミオートマチックは操作が複雑だからだ。
かくしてP230JPの大量導入計画は頓挫し、ニューナンブと操作性が近く、軽量なS&Wモデル37エアウェイトが一般の警察官用として大量に調達されることになったのだろう。その後、これがモデル360Jに切り替わって現在に至っている。
数万挺、あるいは10万挺以上日本に向けて販売する予定だった(と思われる)P230JPの製造メーカーであるSIG SAUERは、完全にハシゴを外されたわけで、製造から約4年間、未出荷のまま保管されていた約400挺をSIG Armsを通じて2001年に放出した。それを見るとそのスライドに“MADE IN W.GERMANY”と打たれたものと“MADE IN GERMANY”とあるものが混在している。ドイツ再統一は1990年10月3日だ。したがってW.GERMANY刻印のあるものは1990年以前に製造されたスライドだということになる。一方、スライドの右側面にKHと打たれている。ドイツ製銃器のプロダクションコードは
A-0, B-1, C-2, D-3, E-4, F-5, G-6, H-7, I-8, K-9
となっており、KHは97年に最終確認がおこなわれたものであることが判る。
アメリカで市販されたP230JPは複数を確認しているが、すべてKHだ。よってP230 JPは古いパーツを流用しながら1997年に製造されたものだろう。そして第一ロットを日本に出荷したものの予定されていた追加オーダーはなかったわけだ。
SIG SAUERは1996年、P230の製造をやめ、改良型P232 に切り替えた。これはスライドの形状などのマイナーチェンジだが、日本からのオーダーは旧型のP230でさらには人気のない7.65mmであったため、わざわざ旧型の在庫パーツを引っ張り出してきたのだろう。
日本警察に納入されたP230JPは何挺あるのだろうか。ごく一部の制服警官がP230JPを装備していることが確認できる(筆者も90年代の終わりごろ、福岡空港を警備していた警察官がP230を装備しているのを目撃した)。その他は私服警察官が装備しているのだろう。おそらくFNブラウニング モデル1910やコルトポケット モデル1903等の古いセミオートマチックを装備していた警察官の更新用として使われていると思われる。その数は決して多くないだろう。
SIG SAUERはP230の後継モデルであるP232の製造供給を2015年で終了した。したがって日本警察が再びP230JPを追加調達しようとしてももはや入手できない。もちろん現代ではコンパクトで高機能なセミオートマチックピストルが数多く登場しており、いまさらP230を調達しようとは思わないだろう。SIG SAUER P365やスプリングフィールドアーモリーのヘルキャット、S&W M&PシールドPlusといった製品は極めてコンパクトでありながら9×19mmではるかに高性能だ。どうしてもマニュアルセーフティを追加したいのであれば、そのオプションも選択できる。導入から四半世紀近くが経過した現在、SIG SAUER P230はもはや過去の拳銃となっている。
3月11日(木)に発売された別冊「日本警察拳銃」は、第二次大戦後から現在に至るまで、日本警察で使用されてきた拳銃のほぼすべてを詳細に解説している。謎の多いニューナンブももちろん含まれる。警察官等拳銃使用取扱規範についても解説付きで完全収録した。この記事を読んで興味を持った方はぜひ手に取ってほしい。
TEXT:Satoshi Matsuo(月刊ガンプロフェッショナルズ副編集長)