2026/01/19
STACCATO P STIからスタカートへ 2011進化の系譜

2011プラットフォームを用いたレースガンとしてのイメージが強かったSTIが、デューティガン市場に注力、社名もStaccatoに切り替えたのが2020年5月26日だ。それから5年半が経過、スタカートはデューティガンの分野で快進撃を続けている。
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上の写真は約3年前の初期生産モデルだ。現行モデルは少しデザインが異なる。この分野は進化のスピードが速い。
テクニカルデータ
Staccato P
口径:9mmx19
全長:206mm
バレル長:112mm
全高:147mm
全幅:38mm
マガジン装弾数:17/20発
重量:936g
テキサス州ジョージタウンに拠点を置いていたSTI Internationalによって生み出された2011モジュラーフレームは、1911のハイキャパシティ化を実現すると同時に金属フレームがもたらす高い耐久性・剛性と、ポリマー製グリップによる軽量化を高次元で両立させた画期的な設計であった。
この新しいグリップフレームを用いたハンドガンは、シューティングスポーツの世界を席巻し続けたが、その後、関連特許の失効を受け、市場ではアメリカ国内外のメーカーが同様のコンセプトを掲げた2011シリーズを相次いで投入、競争は一気に過熱していく。こうした流れを受けて、STIの新経営陣は、主軸であった競技向けカスタム2011から方向転換、コンバットオートとして独自に発展させたStaccato(スタカート)という新ブランドを前面に押し出し、法執行機関向け市場、すなわちLE(Law Enforcement)市場へと大きく舵を切った。
当初は成功を疑問視する声もあったが、現在では全米で1,800以上の法執行機関にスタカートは認可されるまでに成長し、大きな成功を収めている。
今回はSTIからスタカートへと続く進化と発展の過程を改めて振り返り、現在のスタカートの状況を解説したい。
2026年1月現在、メーカー希望小売価格は$2,499だ。
Image Courtesy of Staccato 2011, LLC.
LE市場での成功を現実のものにしたスタカートのブランド力
現在テキサス州フローレンスに拠点を置くStaccato 2011, LLC.(スタカート)は2011モジュラーフレームを普及させたSTI Internationalが発展して生まれた銃器メーカーだ。2020年には社名を現在のスタカートへと変更し、新たなブランド戦略を明確に打ち出した。
同社における近年最大の話題は、2009年からSIG SAUERのシューティングチームの一員として長年活躍してきた世界チャンピオン、Max Michel(マックス・ミシェル)が2025年11月にスタカートへ電撃移籍したことだろう。マックスは同社において、トレーニング、マーケティング、ブランドアンバサダーを務めることとなり、このニュースは銃器業界でも大きな注目を集めた。
マックス・ミシェルは、IPSC世界選手権優勝1回、USPSA全米選手権優勝13回、スティールチャレンジ世界選手権優勝7回、ギネス世界記録保持や、さらにメジャー大会通算300勝以上という輝かしい戦績を誇り、過去30年間に亘りシューティングスポーツ界の第一線で活躍してきた名シューターである。
実はマックスは15歳当時、スタカートの前身であるSTI Internationalからスポンサードされており、今回の移籍はまさに自身のルーツへの回帰とも言える出来事であった。
すでにスタカートはLos Angeles County Sheriff’s Department(LASD)のWeapons Training Unitにおいて13年間フルタイムの銃器インストラクターを務めた経験を持つRandy Tweedy(ランディ・トゥイーディー)、12歳で世界最年少のGM(Grand Master)となり数多くのタイトルを獲得してきたKC Eusebio(エウゼビオ)、チームグロックに10年間在籍し第一線で活躍してきたMichelle Viscusi(ミシェル・ヴィスカシ)といった、法執行機関での豊富なキャリアを持つ人材や、他社チームで実績を積み重ねてきたスター選手たちを既にアンバサダーとして迎え入れている。ちなみにKC EusebioはDirector of Special Projects and Business Development(特別プロジェクトおよび事業開発ディレクター)担当だ。
この布陣にマックスが加わったことでスタカートというブランドが現在、かつてない勢いに乗っていることが、より明確に示されている。
マックスは今後、テキサス州のスタカートランチ、およびネバダ州のスタカートベガスを拠点に射撃指導やデモンストレーションを通じて、連邦政府や軍、そして法執行機関のパートナーを支援する役割を担う。また、製品開発チームと連携し、ラインナップ全体における研究、イノベーション、そしてパフォーマンス向上を推進するとともに、ブランド広報においても重要な役割を果たすことになる。
さらに2025年は、法執行機関市場において高いシェアを維持するグロックに切り込むべく、2011プラットフォームをベースとしながらグロック用マガジンに対応する新しいデザインを取り入れ、アンビ操作系など従来の1911/2011には見られなかった要素を盛り込んだStaccato HDシリーズを発表。これが大きな話題を呼び、スタカートはあらゆる角度からデューティガンの選択肢を充実させることで、LE市場に本格的に割って入る攻勢をさらに強めている。
今回はSTI時代から培ってきた競技趣向のカスタム2011という殻を脱し、LE市場へと本格的に切り込む大きな一歩となったStaccato Pを軸に、その他のバリエーションや2011コンバットマスターの再生産限定モデルなどを通じて、スタカート2011の真価をみてみたい。
2011モジュラーフレームの誕生
1987年、テキサス在住のガンスミスであるVirgil Tripp(ヴァージル・トリップ)は、自身の会社であるTripp Researchにおいて業界初となるEDM(電磁放電加工)技術を用いてスチール素材から高精度に切り出したカスタムハンマーおよびシアを開発。これらの製品はChip McCormick Custom(チップマコーミック カスタム)と提携して市場に送り出され、カスタム1911を製作するガンスミス達から好評を得ていた。
1990年代に入ると、ヴァージルは同じくテキサス在住のCADエンジニアでCNCマシーンのプログラミングおよび機械加工において卓越した才能を持つSandy Strayer(サンディ・ストレイヤー)と出会う。ヴァージルはその能力を高く評価、チップマコーミックのもとへと呼ぶ込み、最先端の加工技術を駆使した従来とは一線を画す全く新しい1911フレームの設計に着手する事となった。
当時USPSAおよびIPSCの競技シューターたちは、カスタム1911の次なるステップとしてダブルスタックマガジンによる装弾数の増加を強く求めていた。この流れの中でカナダのPara Ordnance(パラオードナンス)は1911用コンバージョンフレームキット、さらには完成モデルを市場に投入したが、グリップが太く大型化する点はある程度許容されたものの、大きな課題となったのが、ロストワックス製法によるスチールフレームの加工精度と耐久性、そして重量であった。
競技シューターたちは、より軽量で切削加工による高い工作精度と耐久性を兼ね備えたフレームを求めており、こうした市場の要請に応える形でヴァージルらは全く新しいハイブリッド構造による新型フレームの開発を進めることとなった。
軽量化の課題を解決するため着目されたのが1980年代半ばに全米市場へ進出し、法執行機関で急速にシェアを拡大していたグロックのポリマーフレームであった。スライドと結合するレールやロッキングブロックなど、樹脂では耐久性に課題が生じる一部の部位を除き、フレーム全体をポリマー化することで大幅な軽量化と同時に大量生産が可能で製造コストの低減を実現できる点は極めて革新的であった。
こうした樹脂製フレームの将来性に刺激を受け、ライバルメーカー各社は1990年代初頭から相次いでポリマーフレームを採用した新製品の開発に乗り出し、市場へと投入していった。しかし、高い要求基準のもとでスライド、フレーム、バレルをハンドフィットによって仕上げたカスタム1911を撃ち慣れた意識の高いシューターにとっては、いかに軽量化を目的としたものであっても、フレームを完全に樹脂化する構造は彼らの及第点に達するものではなかった。また、メジャーパワーファクター弾のようなハイプレッシャーロードを大量に撃ち続ける競技においては当時の認識として樹脂製フレームの耐久性に対して懐疑的な見方が向けられていた。
そこで考案されたのが2種類の素材によるハイブリッド構造であった。スライド/バレルと組み合わされるフレーム上部全体を従来通りスチール製(4140マクセルアーロイスチール)とし、ビレット(素材の塊)をCNCマシーンによる切削加工で仕上げることで高い工作精度、タイトなフィッティングと高い耐久性を確保する一方で、分割構造としたグリップ部分をグラスフィルドナイロンポリマー製へと置き換えることで同一設計を金属フレームで製造した場合と比較して、およそ35%の軽量化を実現するという斬新なアイデアが考案された。このアイデアはMichael “Chip” McCormick(ミシェル・チップ・マコーミック:2021年6月21日逝去)の発案で、ヴァージル・トリップとサンディ・ストレイヤーが実現させたものだ。
スチールとポリマーそれぞれの利点を兼ね備えた新発想のフレームの誕生に対し、1911から100年先の未来にある存在という意味を込めたのだろう、2011と名付けられたこの新型モジュラーフレームは1991年のSHOT Showで公開され、大きな反響を呼ぶ。その狙い通り競技シーンを席巻する大ヒットとなり、オープンおよびリミテッド部門におけるカスタムガンの中心的存在へと成長していくのだ。
当初はチップマコーミックのブランドの元で発売されたが、ヴァージル・トリップとサンディ・ストレイヤーふたりの名前を組み合わせた新しい会社、STI(Strayer-Tripp, Inc.)が誕生した。このポリマーグリップ構造に関する特許は1992年9月9日に出願、1994年5月24日に登録されている。
しかし、ふたりの関係は長くは続かず、特許が成立した1994年にサンディがSTIを去った。そして競技シューター、Michael Voigtと手を組んだサンディは、独自にSVI(Strayer-Voigt, Inc.)を設立する。2011モジュラーフレームに関する特許自体は共有特許として扱われ、特許の有効期間が満了するまでSTIとSVIの双方が保有する形となった。
優秀なブレインを失ったSTIに救いの手を差し伸べたのが実業家のDave Skinner(デイブ・スキナー)であった。デイブは従業員470人規模の電気関連企業であるTessco Incを経営者で、リタイア後に競技射撃を通じてヴァージルと親交を深めていた。宣伝用のデモテープ映像に強い商機を見出し、デイブはSTIを買収する決断を下した。
その後、社名をSTI Internationalへと改め、同州テキサス州ジョージタウンへ工場を移転、経営体制の再編に本格的に着手した。当時の従業員数はおよそ8人、年間生産数も約600挺に過ぎなかったが、デイブの手腕により事業は次第に拡大し、ビジネスとして本格的な成長軌道に乗っていくこととなる。
当初はフレームキットとして供給し、他社製スライドアッセンブリーなどのパーツをガンスミスが組み合わせて完成させる手法でオファーしていたが、Caspian Arms(キャスピアンアームズ)製スライドをはじめとする各種パーツを用い、自社で完成モデルを提供する体制へと移行。MIM(金属粉末射出成形)パーツの製造設備を導入しフルラインの自社製パーツで量産性を拡大し、ファクトリーカスタムガンとしてのラインナップを本格的に展開していった。
1994年9月から始まったAssault Weapons Ban (AWB)の施行により、約10年間にわたり、アメリカの一般市場ではマガジン装弾数が10発以下に制限された。この影響により、モジュラーフレームは装弾数という本来の強みを活かしにくい状況に置かれることとなってしまう。そこでデイブはシングルスタックの1911シリーズにも注力し、コンシールドキャリー向けのLawmanシリーズなどを展開した。
併 せてAR15系ライフルや10/22系カービン、シングルアクションリボルバー(STI Texican)など製品群は多岐にわたる構成へと拡大していく。その後はスロバキアのGrand PowerのポリマーフレームオートをGP6として輸入・販売するなど精力的な事業展開を行なった。
2005年、デイブは従業員に会社を売却し、銃器業界では稀な従業員が会社を保有するESOP(Employee Stock Ownership Plan)カンパニーへと移行させた。
欧州およびアジア圏への輸出も好調に推移し、タイ警察、インドネシア軍、さらにイギリス、ポーランド、デンマークの法執行機関においても採用実績を重ねていった。とりわけ輸出に注力した結果、2007年にはS&W、SIGに次ぐ、ハンドガン輸出実績第3位というポジションを獲得するに至る。
そして2010年、デイブは完全にリタイアし、その数ヵ月前に狩猟を通じて知り合った実業家のTim Dillonが次期経営者に就任した。
2014年、ベネリUSAで副社長兼ゼネラルマネージャーを務めていたGreg Mooneyが、STIの社長兼CEOとなったが、2016年に入るとネバダ州を拠点とする投資会社Westwind InvestorsがSTIへの投資に関する独占契約を締結、ここから経営体制が大きく発展していく事となる。


