2025/10/22
銃の名称や銃器関連用語についての考察

私達が通常用いている銃の名称や関連用語は、果たして正しいものなのだろうか。海外ではほとんど通用しない、日本独自の呼称や名称が定着している場合は少なくない。また表記の仕方にも日本独特なものがある。ここにそのような実例を集めてみた。
外来語に基づく言葉や呼称は、いったん定着すると、それがたとえ間違っているものであっても簡単には修正されない場合が多い。代表的な事例では“マンション”がある。
日本語における“マンション”は、ちょっとだけ良さげな共同住宅(集合住宅)を指す。
不動産業界の慣例では、耐火構造を持つ集合住宅で、一般的には鉄筋コンクリート(RC)、あるいは鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)のものが該当し、木造の場合はマンションとは呼ばない場合が多い。英語では本来これらはapartment (アパートメント)に該当する。英語のmansionは“大邸宅、豪邸”を意味しており、全く異なるものだ。ほとんどの人は、マンションが和製英語で海外では全く通じないという事実は知っているはずだが、すっかり定着した言葉なのでだれも改めようとはしない。少なくとも、外国人に“自分はマンション住まいだ”などと言ったら恥をかく(本当に豪邸に住んでいるなら別だが)。
マンションではなく、“レジデンス:residence”、“パレス:palace”、“コート:court”などと違う呼び方をする場合はあるが、これらもそれぞれの意味は、“大きな邸宅”、“宮殿”、“庭に囲まれた邸宅”であって、どれも実態とはだいぶかけ離れた名称だ。
“ホームページ”も本来であれば、それぞれのWebサイトの先頭ページのみを指す言葉だが、それぞれのWebサイトそのものを指してホームページという呼び方が日本では完全に定着している。落ち着いて考えればそのWebサイト自体を“ホームページ”(起点のページ)という呼称はどう考えてもおかしい(家を“玄関”と呼ぶようなもの)のだが、これも改めようと思う人は少ないようだ。
このように言葉や名称は、いったん定着してしまうと簡単には改まることはない。銃の名称や銃器関連用語にも、間違ったものや本来の意味とは異なる妙な呼称が定着し、広く使われている場合が少なくない。もちろん日本国内であればそれで通じるわけで、無理に改める必要はないという考え方も成り立つ。しかし、それらが日本独自の呼称で、世界的には全く通用しないものであり、間違って定着した言葉であるということは、一応知っておくべきだと思う。ここではそんな事例をいくつか挙げてみたい。
Government ガバメント
日本では1911系全般を“ガバメント”と呼ぶ場合が多い。略して“ガバ”だ。
しかし、1911の“ガバメント”という名称は、1911年にアメリカ軍によって採用された軍用ピストル“model of 1911”をコルトが市販する際に付けたコマーシャル名だ。
“Government”とは、政治、施政、統治、行政、政治体制、内閣、支配を意味する言葉であるが、当時のコルトは、アメリカの国軍が採用した拳銃なので、Governmentを製品名にしたのであろう。“これはアメリカ軍が採用した拳銃ですよ!”というアピールが込められている。したがって軍用とほぼ同じ仕様のM1911およびM1911A1の市販型商品名がガバメントであり、軍が使用するモデルをガバメントと呼ぶことはない。
“コルトガバメントはアメリカ軍の軍用拳銃だった”という記述も正確ではない。また“コルトM1911A1”という呼び方も違う。あくまでも“M1911A1”は、軍における型式名であってそこには“Colt”という開発メーカー名は入らない。
コルトがはじめて.45口径ではない1911系ピストルを発売したのは1929年1月のことだ。その時の広告では、.45口径モデルを“COLT GOVERNMENT MODEL .45 AUTOMATIC”と表記し、.38スーパーモデルは“COLT SUPER .38 AUTOMATIC PISTOL”と表記していた。また短縮型のコマンダーを発売した時もこれをガバメントとは表記していない。ガバメントと呼べるのは、あくまでも軍用M1911とM1911A1の市販型.45口径5インチモデルだけで、別の口径や銃身長が異なるモデルは、ガバメントではないわけだ。
但し、この定義はその後に少し緩和され、.45口径以外でも5インチモデルはガバメントと呼ばれるようになっている。しかし、バレル長の異なるコマンダーやオフィサーズACPなどのコンパクトモデルはガバメントではない。
また他のメーカーが作る1911クローンもガバメントとは呼ばないし、それらのメーカーも自社製品に“ガバメント”の名を冠することは原則的にない。
自分が知る限り、唯一の微妙な例外は、Nighthawk Customで、同社は製品の分類上、“Government Model”、“Commander Model”、“Officer Model”という3つのカテゴリー分けにこの呼称を用いている。ここで言う“Government Model”とは同社の1911系ピストルでフルサイズ、およびそれを超える大型モデル全般を指すもので、個々の製品にはガバメントという名前は使っていない。
いずれにしても、“Government”という呼称は、コルトの1911系5インチモデルの一部を指す固有名詞であり、1911系全体を言い表すのは適切ではないということだ。
とはいえ、1911系を“ガバメント”、“ガバ”という言葉で括る習慣が日本では定着している以上、そう言ってしまうことは理解できる。自分も、2017年3月に“1911ガバメントマニアックス”というMOOKを発売した。内容的には1911系全般を網羅したもので、“ガバメント”ではないものが多数(というか載っているものの大半がGovernment Modelではない)載っており、できればこのタイトルは避けたかったのだが、諸般の事情でこのタイトルになっている。このMookには2011ハイキャップ系も載っており、タイトルの“1911”という部分も厳密には異なる。
どうであれ、“ガバメントというのは、コルトの1911バリエーションで5インチサイズの一部モデルだけを指す言葉”というわけだ。
コルトの5インチバレルを持つ1911系ピストルなら、それはガバメントなのか、というとこれも違う。“ゴールドカップナショナルマッチ”や“デルタエリート”はガバメントではないし、コルトの現行モデルで、ガバメントの名を冠しているのは、“コンバットユニットガバメントレイル”、“コンバットユニットガバメント”、“コンバットエリートガバメント”の3機種だけだ。現在では、クラシックデザインのノスタルジックモデルですら、“1911クラシック”という名称になっており、コルト自身でもガバメントの名前をあまり使っていない。実際、政府御用達だったのは大昔の話であり、いつまでも“ガバメント”という呼称を使うのは、適切ではないだろう。ここはやはり、“1911”というのが正しいのではないだろうか。
SIG SAUERをどう読むか
Gun Professionals誌では、ずっとこのメーカーをアルファベットで表記してきた。英語とドイツ語では読み方が異なり、どっちを使うべきか悩ましかったので、読み方を読者に委ねたわけだ。
英語読みだと“スィグサワー”が比較的近く、ドイツ語読みだと“ズィグザウアー”が比較的近いだろう。2020年12月に同社のドイツ拠点は閉鎖され、完全にアメリカ企業となったので、英語読みを採用するべきかもしれないが、元を正せばスイスとドイツを拠点とした企業だ。“SIGザウエル”というドイツ語っぽい表記も日本では根強く使われている。実際、1970年代にこのSIG SAUERという新たなブランドが誕生した時、“SIGザウエル”と誰もが呼んだ。アームズマガジンも伝統的に“SIGザウエル”と表記している。
この“ザウエル”という読み方は、ドイツ語っぽい雰囲気が漂うものの、実際のドイツ人は“Sauer”を“ザウエル”とは発音しない。“ザウアー”、または“ザゥアー”だ。では“ザウエル”という読み方はどこから来たのか。
これはドイツ語の“舞台発音”(Bühnenaussprache)、または舞台ドイツ語 (Bühnenaussprache)に基づくものだと思われる。
ドイツ語は書き言葉として15世紀には確立されたものの、発音に関しては19世紀まで統一されたルールが無く、各地である種の訛り(なまり)言葉が話されていた。
この状態だと各地を回って公演する演劇やオペラ、歌曲などに支障が生じる。地域によって言葉が通じなくなるからだ。そこで1898年にベルリンで独語学者と舞台関係者による会議が開かれ、統一された標準語発音の規則が体系化された。これが“舞台発音”で、20世紀前半まではこれが規範とすべき標準ドイツ語の発音だという考え方があったようだ。
それ自体は日常会話の発音とほぼ同一であったが、大きく異なっているのは“r”の発音だ。舞台発音では“r”を母音化しない。 そのため、Sauerは通常の口語では“ザウアー”なのに舞台発音では“ザウエル”となる。
ちなみにSIG SAUERというブランド名ができるよりずっと前からSauer & Sohn(ザウアーウントゾーン)の銃は日本でも知られていた。よってSIG SAUERが1970年代に日本に紹介された時、SIGザウエルと表記した。たぶんそれをおこなったのは床井雅美さんで、旧Gun誌1975年2月号に載った“スイス軍用小火器メーカー SIGをたずねて”という記事の中で“SIGザウエル”と表記している。
舞台発音が日本で定着している他のドイツ語の例を挙げると、かつて造兵廠のあったErfurtは口語では“エアファルト”だが、舞台発音では“エルフルト(エアフルト)” となり、日本の銃器雑誌ではエルフルト造兵廠と書かれている。このエルフルト造兵廠という呼称をP.08の製造拠点のひとつとして日本で広めたのも、おそらく床井さんだ。
Berlinをドイツ人は“ベーリーン”と発音する。アクセントはiにあり、rはほぼ発音しない。しかし日本では舞台発音に沿って“ベルリン”が完全に定着している。この読み方を日本に広めたのは作家の森鴎外かもしれない。1890(明治23)年の短編小説『舞姫』はベルリンを舞台にしたもので、街の名前として“ベルリン”と書かれていた。この作品は国語の教科書に載っている場合が多かったのでご存じの方も多いだろう。これですっかり定着したのではないだろうか。日本の外務省が発行しているドイツ基礎データでもドイツの首都を“ベルリン”としており、これは永遠にこのままだろう。
20世紀後半になると、古典演劇や声楽においても日常の会話に準ずる形でおこなわれるようになっているらしい。したがって舞台発音はもはや過去のものなのだ。
となれば、“SIG SAUER”は“SIGザウアー”と表記するのが妥当ではないだろうか。英語読みの“SIGサワー”だと何か飲み物(sour)っぽく聞こえてしまう(“SIG”の部分は英語読みするか、ドイツ語読みするか、判断が難しいのでアルファベットのままにした)。そうせずに“SIGザウエル”と呼ぶのは、舞台発音を引きずることであり、間違ってはいないが、古典演劇のような読み方であることは覚えておきたい。


