2025/10/20
KOKUSAI HIGHWAY PATROLMAN【ビンテージモデルガンコレクション23】

Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年2月号に掲載
国際産業が1979年からブランド名をコクサイに変更し、本腰を入れて次々モデルガンを発売していく中、特にリボルバーのコクサイとして知られるようになるきっかけとなったモデルガンがハイウェイパトロールマンだ。すでにパイソンやトルーパー、そして当時人気だったPPCカスタムリボルバーなどを発売していたが、完全新規設計のこのS&Wリボルバーのインパクトは大きかった。


諸元
メーカー:コクサイ(国際産業)
名称:S&W・M28ニュー・ハイウェイ・パトロールマン
主材質:耐衝撃性ABS樹脂
撃発機構:シングル/ダブルアクション
発火機構:シリンダー内前撃針
カートリッジ:スプリング式可動
使用火薬:平玉紙火薬または5mmキャップ火薬
全長:235mm(4インチ)、285mm(6インチ)
重量:600g(4インチ)、630g(6インチ)
口径:.357マグナム
装弾数:6発
発売年:1981(昭和56)年
発売当時価格: 4インチ ¥8,600 / 6インチ ¥8,800(各カートリッジ6発付き)
オプション: .357マグナムカートリッジ1箱6発入り¥1,200、スピードローダーM ¥1,000、コクサイ オリジナルラバーグリップ ¥1,500、木製グリッ
プ ¥4,500、ショルダーホルスター(6B)¥5,000、ヒップホルスター(6B)¥2,900
※ smG規格(1977年)以前の模擬銃器(金属製モデルガン)は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2025年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー, イエロー等を吹きつけるなどの処置が必要です。
※ 全長や重量のデータはメーカー発表によるものです。また価格は発売当時のものです。
一部のマニアを除いて、多くのガンファンは発売当時M28のことを良く知らなかった。ただその愛称であるハイウェイパトロールマン、通称ハイパトは良く知られていた。MGCが最初のプラスチック製リボルバーモデルガンとして1972年に発売し、大ヒットさせていたからだ。他社からもメカニズムなどをそのままなぞった製品が作られ、それに拍車を掛けた。
日本のTVや映画でも、第一次モデルガン法規制の結果、金属製モデルガンベースのプロップガンが姿を消し、一時期は敵も味方もハイパトで撃ちあうような場面が続出したから、すっかり脳裏に焼き付けられてしまったのだった。
実際のハイパト(M28)は.357マグナム(M27)の廉価版だ。予算の少ない地方の警察署などでも購入しやすいように、ガンブルー仕上げをサテン・フィニッシュ(ツヤ消し仕上げ)にするなどしたもの。このことはコクサイのハイパト取扱説明書にもちゃんと書かれている。ただ、実際にはあまりウケが良くなかったようで、それほど多くの警察署で採用されたわけではないらしい。
最初は単にパトロールマン(巡査)という名称だったというが、Evaluators社のフローレンス・ヴァン・オーデン夫人という人が、当時のS&W社の社長カール・ヘルストロームに提案してハイウェイパトロールマンに変更されたのだとか。実際にはハイウェイパトロールには採用されておらず、これもコクサイのハイパト取説に書かれている。
もともと.357マグナム弾は.38スペシャル弾より強力なものとして、Kフレームリボルバーをベースに開発された。そしてより大型の.44口径用のNフレームの方が適しているという結論になり、1948年に.357マグナム(M27)リボルバーが生まれた。そして廉価版として1954年にハイパトが発売されるが、なんと翌年にはKフレームの.357マグナム弾用リボルバー、.357コンバットマグナム(M19)が発売され、多くの警察署、そしてカリフォルニア州のハイウェイパトロールなどに採用されるのだ。やはりNフレームは大きく、そして1日中身に着けていると重いということだったのだろう。
ではなぜ、アメリカではあまりメジャーではないハイパトを、コクサイはリボルバーを本格的にリニューアルしていく先鋒に選んだのか。
もともとは1981年にアドバイザー契約を結んだナガタ・イチローさんからのアドバイスだったという。「M28なんかどう?」。おそらく、設計を担当した岡田節雄さんも、旧タイプのハイパトを直したいという気持ちが強かったのだと思う。
コクサイとイチローさんの関係は古く、イチローさんが月刊Gun誌にデビューする1976年12月号よりも前からだそうだ。国際出版の社長に紹介してもらい、編集部のスタッフと一緒にアメリカへ会いに行ったのだという。そして意気投合し、いろいろとアドバイスをもらうようになった。
そもそも1979年、国際産業という会社名にコクサイというブランド名をつけたのもイチローさんだったという。これが若いファンには受けが良く、モデルガンもイチローさんのアドバイスで徐々に変わっていき、どんどん売れるようになった。そのイチローさんが「M28なんかどう?」というのだから反対する理由はなかった。
ただ、オリジナルのM28を探すのが難しかった。岡田さんはイチローさんとともにあちこちのガン・ショーを回ったそうだが、廉価版ということもあってか、グリップを替えていたり、パーツを交換していたりして、なかなかオリジナルのままのM28が見つからなかった。
ようやく見つけてそれを購入し、缶詰め状態になって採寸・撮影、型取りなどをしたという。曲面で構成されたものはなかなか数値で表しにくいため、型を取って持ち帰り、それを基に形を再現していったそうだ。もちろん実物グリップが付くように、グリップ・サイズはまったく同じにされた。またラバー・グリップも持ち帰り、それベースにミラストマーという材料を使い、廉価な自社版を作ったそうだ。
問題はやはり実銃に準じたメカニズムで、M29の記事でも書いたように高い製造公差が必要で、それを実現するため精度の高いプレス型を作ったという。これを使って、型から出した鋳造物を、いわゆるランナーやバリが付いた状態のまま打ち抜くことで、1発でパーツを正確な寸法に仕上げてしまうのだそうだ。1コ1コのパーツを切断してヤスリをかけていると手間がかかるし、削りすぎたり足りなかったりで正確な寸法が出ないこともある。もちろん公差内に収まっているか測定もしなければならない。これらの手間がいっさい省ける。ただし、大量生産により金型がへたってくるとバリが多く出るため、この方法は使えない。現在コクサイでは従来の方法で、1つ1つヤスリがけでパーツを仕上げているという。
ねじもこだわった部分。すでに日本でもねじの主流は電動工具が使えるプラスねじに替わっており、既存のマイナスねじの種類が少なかった。実銃はなぜかずっとマイナスねじが主流で、日本でちょっと頭の小さい同じイメージのねじを使おうとすると、製造のためのラインを新たに作るため、特注するしかなかったという。なんと最低ロットが30万本とか50万本。それでも当時はモデルガンが良く売れたので、特注したそうだ。ねじ1本にもそんな秘密があったのだ。
こうして苦労の末、リアルなハイパトが完成して発売の運びとなったが、最初の出荷でトラブルが起きた。岡田さんが1挺とり出してテストをしたところ、すぐにフレームが割れてしまったのだ。1ロットだけ、プラスチックをインジェクションする際、その前に使った発泡剤の入ったABS樹脂をそのまま使ってしまったという。発泡剤入りの樹脂は軽くて木のような質感が出せるから、グリップなどに使われたりする材料。ケミウッドと呼ばれることもあるアレだ。衝撃に弱いし、オイルが染みると割れてしまう。すぐに回収となったそうだ。もし持っている人がいたら、エラー・コインのような貴重品だ。とはいってもオイルが染みているはずだから、動かした途端に割れてしまうかもしれないが。
仕上げは、実銃に準じてサテン・フィニッシュとするためツヤ消し塗装を施した。ただし普通の塗装ではない。はげにくいように、当時から焼付塗装をしていたそうだ。取説にもその表記があり「シンナー等は絶対に使用しないで下さい」とある。また同時に「フレーム等プラの部分には絶対に油は注さないで下さい」とも表記されている。前述のようにグリップの樹脂には発泡剤が使われているので、絶対の上にも絶対にダメ。流通過程で金属部のオイルがグリップに回ってしまったりするので、買ったらすぐにグリップを外してオイルを拭き取ることが肝要。買ってからも、箱に入れたままでもオイルが回ることがあるので、たまに分解してオイルを拭き取った方がいい。
右:グリップ内のウエイトは当初フレーム内のシャーシーと一体だったが、後に安全対策のため切り離された。
今から見ると、簡単にできることを苦労してやっていたなあと岡田さんは振り返る。そして、満足行かなかったところがあちこちにあって、あまり見返したくないとも。
本誌2013年3月号の「ニューS&W M29」でも書いたように、本格的なリニューアル攻勢が始まるのは、この後に発売されたM29からだ。しかしそのベースは先に発売されたこのハイパトであり、M29のフレームなどは新規設計され金型が起こされているが、メカニズム部分(内部パーツ)は同じNフレームであるハイパトがベースになっている。M29が大ヒットしたため影でかすんでしまったが、ハイパトがM29に劣る部分などないのだ。
発売当時、コクサイではインサート工法が確立しておらず、バレルが分厚いインサート硬材を固定したパイプを使う構造で、モデルガン製造協同組合の自主規制SPGをクリアできず、組合加盟店での販売はできなかった。それでも直営店での販売や通信販売が好調で、良く売れたという。大ヒット作M29につながる先駆け的名銃だった。
Text & Photos by くろがね ゆう
協力:コクサイ 岡田節雄
撮影協力:酒井 恒
Gun Professionals 2014年2月号に掲載
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