2025/04/10
米軍のM1ガランドとM14歩兵ライフル
米軍のM1ガランドと
M14歩兵ライフル
Text & Photos by Turk Takano
Gun Professionals 2013年2月号に掲載
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このところ頻繁にリポートするアルミ、プラスチック系多用、プレス加工の近代銃器に食傷気味した読者もおられるようだ。読者の希望を敏感に知る編集部の指令で今回は鋼鉄と木製ストック? で軍用ライフルが作られていた時代のモデルをリポートすることになった。この時代の製品でまだ実射レポートができていないのは日本の64式だが、こればっかりは入手できない。これまで何回か述べたが64式は筆者自身、昔、担いだり分解したり撃った経験がある。記憶を掘り起こしてリポートしたら・・・と言う助言も頂いた。しかし昔の事なのでそれは無理な話だ。
といいつつ、”その無理な話”を結局、2021年6月号と7月号の記事”64式小銃の真価”で実行しました。
2025年4月補足 GP Web Editor
米国にふんだんに転がっている旧モデルとなると、かつての米軍小火器だ。というわけで筆者の担当は米軍が第二次大戦で全面採用したM1ガランド、そしてベトナム戦初期で使われたM1A(M14)の2挺のリポートとなった。いずれも古い時代の最後を飾る歴史に残るマスターピース(傑作)である。M1ガランドに関して10人中8人までが、マスターピースであった事に同意するに違いない。少なくとも第二次大戦中、米軍歩兵ライフルとして全面採用された世界最初のセミオートライフルだった。今回はこれら前時代のマスターピースを完全分解、メカを中心に語りたいと思う。
この時代までのモデルには“こだわり”があった。その“こだわり”とはシンプルなコンビネーションツールで徹底的に細部にわたるまで分解が可能だったことだ。
今日ある軍用小火器の大半はこの様なデザインとはなっていない。それがいいとか悪いとかの話をしようとしているわけではない。細部まで徹底的に分解できるということは、メカマニアにとって願ってもない特徴ではないかと思う。
軍用小火器として見た場合、性能優先であり、”細部まで徹底的に分解できる”かどうかなんて重要ではない・・・となる。まさにその通りかもしれないが、先達のデザインには超人的なものがあったと思うのは筆者だけではないはずだ。各パーツを見れば何故このような複雑な形状としたのだろうか?と考えてしまう。一つのパーツが2役3役を兼ねたものもあった。複雑な形状となれば加工に時間もかかりコストに跳ね返ってくる。
もちろんCNCの時代ではない。何千人という工員により時には何千という単能工作機械を経て加工されたパーツであることは想像に難くない。それでいて品質管理も万全で、パーツ互換性を実現していた。もちろん高品質な製造管理は米国だけのものではなくドイツなどでも同様だ。米国製の違いは第二次大戦後半になっても工程をショートカット(戦時生産の為の省力化)せず、性能に関係ない箇所も従来通りのまま生産したことだ。戦時とはいえ米国はドイツ、日本と違い実に余裕ある国だった。コルト製1945年製造の.45ガバメントにもそれが言える。
一方、グリースガン、トンプソンなどではコストダウン、製造期間の短縮などいろいろなショートカットが試みられた。しかしこれらは最初から短期生産、コスト削減モデルで基幹歩兵ライフルのM1ガランドや.45ガバメントとは一線を画したモデルだった。
構造に詳しい読者には語るまでもないのだが、SMGとM1ガランドは同じレベルの工作精度ではない。古き良き時代の鋼鉄、木製ストックとなるとM1ガランドが最後のモデルだった。細かいことになるがM14のアッパーカバーはファイバーグラスである。ベークライトも含むのであれば第二次大戦前からグリップパネルなどに採用されていた。

日本の読者でM1ガランド射撃経験者を探すとなると至難の業であろう。筆者のように1960年代、自衛官だったという方の数は日本国民全体からみたら微々たるものだ。日本は米国と違いM1ガランド、M1A(M14のシビリアンモデル)がガンショップで自由に購入できる環境とはなっていない。ハンティングライフルや競技用ライフルは何とか所持できても、軍用タイプそのものズバリは基本的に不可能と聞く。筆者が日本で実銃を所持していた時代、60年代のことだがM1ガランド所持者は存在した。ハンターだったと記憶している。今も何挺かあるに違いない。
米国なら別に兵隊経験がなくとも時代物も含め合法ものなら比較的容易に入手できる。前科がなく財布に余裕があればという但し書きはつくが・・・M1ガランド、M1Aは安くないからだ。
例え今、兵隊になってもM1ガランドを兵士として撃つ機会はない。一方、M1ガランドの発展型M14系から更に枝分かれしたM21(スナイパー)などは今もって米軍で使われている。M1ガランドとM14には多くの共通点がある。基本的には同一物といっても過言ではない。異なる部分は内部マガジンから着脱マガジンになったこと。M1のシンプルなガスピストンと一体化した、オペレーティングロッドからM14では若干複雑化したガスカットオフ エクスパンションシステムとなったぐらいだ。
M14と単に呼ばれるが正式にはUSライフル、7.62mm M14だ。M14は米軍が全面制式採用した最後のバトルライフル(概念としてフルパワーカートリッジ.30-06、8mm×57、7.62mmNATOなどを使用するライフルを指す)となった。
1930年代、M1ガランドはもっとも進んだ歩兵ライフルで、完成度は高かった。しかし実戦に投入して不具合な点も出てきた。一つはマガジンキャパの問題だった。当時、列強国が採用していたボルトアクション歩兵ライフルの標準マガジンキャパは5発だった。それらと比較したときM1ガランドの独特のエンブロッククリップによる8発は当初、有利に見えた。確かに速射に長けていたものの機構上、途中、バラでカートリッジを補充することは不可能だった。これがM1ガランドのトラウマと見る銃器評論家もいる。しかしながら再度書くが1930年代の銃器を見渡したとき、M1ガランドの総合性能に匹敵するモデルは存在しなかった。
1940年代半ばになっていろいろな欠点が認識されるがそれが世の習いというものだ。1945年以降の尺度でM1ガランドを評価するのは所詮無理がある。特にこの時代における小火器の進歩は早く、旧式化もそれに比例した。ジョンソンライフルはM1ガランドに優っていたという噂もあった。筆者自身、ジョンソン・ライフルも分解し射撃もした。しかし、総合性能でジョンソンライフルがM1ガランドに優ったとは到底考えられなかった。
第二次大戦前半、海兵隊の一部がジョンソンライフルを採用したが、終戦になる前にすべてM1ガランドに更新されているのが何よりの証拠ではあるまいか・・・・

過去のリポートでも述べたが朝鮮戦争後しばらくしてM1ガランドはM14に更新された。しかしM14の評判はあまり芳しくなかった。一つはフルオート時のコントロールが難しいという大合唱となったからだ。M1ガランドになかった着脱の20発マガジン、そしてセレクターを備えたモデルとなればBARの代替と考えたのも無理はない。BARに替わるような太いバレル付き+2脚付きのM15も試作され後々、M14A1となったモデルだ。しかし未解決な問題があり、採用とはならなかった。
SAW(分隊支援自動小火器)並みの歩兵ライフルを分隊員全員が装備するとなればフルオート射撃のコントロール云々が話題の中心となっても不思議ではない。M14は重量を比較してもM1より半㎏軽量化されていた。採用口径.30-06のパワーより若干下回る7.62mm(.308)とは言っても、その差は3-5%でしかない。フルオートがコントロールしやすいということで定評があったBARの重量は、鋼鉄の塊そのものでM1の2倍、約8.8㎏だ。特に前部に装着された2脚でバランスがかなり前にあり、これがヒップ(抱え撃ち)シューティングのコントロールを比較的容易にしていた。軽量で、リコイルが少なく、威力が大きいモデルを期待しても相反するものがあり当然の事ながら妥協が出てくる。
リコイル軽減、フルのコントロールを重要視するなら高速軽量弾化するしかない。それが戦後の解答ともいえるAR15 5.56mmだった。近年、マズルブレーキも注目されているが、効果を追求すれば構造上、発射音が増幅される。と言うことからリコイル軽減効果だけでデザインするわけにも行かない。競技会なら全員がイアマフをしているので音の増幅は大目にみられても、戦場となるとそうはいかない。
今回、M1,M14の開発経過について述べようと思ったのだがこれまで何回も触れられたこと・・・ここでは構造を絡めた分解する楽しさに焦点を絞ってみた。
