2025/12/24
Glock 34 Gen5 MOS with Flux Brace & Flashmag

Gun Professionals 2020年11月号に掲載
登場時には物議を醸したピストルブレイスだが、現時点でも規制されておらず、様々な形態に発展している。ここで紹介するのは、フラックスディフェンス社のブレイス関連アクセサリーを装着した第5世代グロック34の初期型だ。
ピストルブレイス
ピストルスタビライジングブレイス、略してピストルブレイス(または単にブレイス)とは、ハンドガンの片手保持を安定させるための補助アイテムだ。まず、これをショルダーストックとして用いるのは、基本的には目的外使用であるということを明言しておこう。
2013年に登場した最初のピストルブレイスを製造したのは、SBタクティカル社だ。硬質ゴムのような素材で、AR系のバッファーチューブに装着し、シューティングハンドの前腕部に固定するためのストラップをもつ。SIG SAUERのARピストルやMPXピストルに標準装備されていたが、ブレイス自体には十分な剛性があり、ついつい肩付けしたい衝動に駆られるようなアイテムであった。当時、ブレイス付きARピストルを肩付けすると、米国連邦法で規制されているSBR(Short Barreled Rifle、短銃身ライフル)とみなされる恐れがあり、ガンショップでは店員たちに肩付けしないよう注意されたことを思い出す。その後、BATFE(酒・タバコ・銃器・爆発物取締局、単にATFとも呼ばれる)の判断は二転三転し、現時点でもブレイスの肩付けは目的外使用であることに変わりはないものの、それをすることによって銃のカテゴリーがSBRに変化することはなく、誤使用に対する具体的な罰則も定められていないことから、ほぼ黙認状態といえようか。
この状況がいつまで続くのかは不明だが、法解釈の不確かさからブレイスに対して慎重であったマグプル社ですら、態度を和らげて自社ブランドのブレイスを発売するに至った。ブレイス付きピストルは、近年の銃器業界でもっとも急成長をとげたカテゴリーといえるだろう。
スライド前部両側面のコッキンググルーブやオリジナルの前後サイト(合成樹脂製)、スライドストップに注目。レバー部が大型化されたスライドストップは、ほぼフラットな標準パーツよりも操作性はよいが、フラックスブレイスのバーに干渉する。
ショルダーストック付きハンドガン
本記事のトピックはブレイス付きピストルであるが、まずはそのコンセプトの元となったショルダーストック付きピストルの盛衰を振り返っておこう。
ピストル/ハンドガンというのは基本的に片手射撃が可能な銃器で、威力や精度を犠牲にして携行性を高めたという、いわば妥協の産物だ。これにショルダーストックを追加するのは本末転倒といえるが、そのアイデアはパーカッションリボルバーの時代から存在し、コルトのモデル1851ネイビーやモデル1860アーミーに装着できるショルダーストックが作られている。金属カートリッジを使用するコルトのSAAやスミスアンドウェッソンのNo.3にも、着脱式のショルダーストックが作られた。
世界で初めて量産化された自動拳銃として知られるドイツのボーシャートピストーラは、1893年にプロトタイプが完成して翌年から量産されたが、拳銃としては大きくてバランスが悪く、専用のショルダーストックが用意されている。
商業的に成功した最初の自動拳銃は1896年に登場したマウザー社の製品で、後に“Construction 96”(C96)と呼ばれるものだ。こちらも現代の感覚では大き過ぎてバランスが悪い拳銃ではあるが、ボーシャートピストーレと比較すれば携行性や操作性に優れており、ドイツ国内外で数多く使用されている。使用する7.63mmマウザーはボーシャート用の弾薬を強化したもので、拳銃弾としては大きな射程と高い貫通力をもち、C96には50~1,000mの照準が可能なタンジェントサイトが備えられた。木材をくり抜いた専用ホルスターは、グリップに装着してショルダーストックとして活用できるユニークなスタイルだ。
こちらでは、ショルダーストック付きピストル/マシンピストルの代表例を紹介しよう。
自国の軍に採用されなかったC96だが、第一次世界大戦の勃発後、自費購入した拳銃の携行が認められていたドイツ陸軍の将校たちによって使用されている。中国にも大量に輸出されたが、1930年代にはロイヤル社やアストラ社によるスペイン製マシンピストル(フルオート射撃が可能な拳銃)が登場し、シェアは奪われつつあった。マウザー社でもセレクティブファイアメカニズムを開発し、完成したシュネルフォイヤー(モデル1932)は10連のほかに20連の着脱式弾倉を使用する。初期型では射撃中にセレクターが誤作動する不具合が発生したが、後に各位置に保持されるように改良された。シュネルフォイヤーは中東やアフリカ、南アメリカなど世界中の民間市場でも販売されている。米国でもストーガー社を通じて民間向けに発売されたが、1934年にマシンガンを規制する法律が施行されたため、民間で所持する場合は面倒な手続きが必要となり、需要は大幅に減少した。
C96よりも軍用拳銃として成功した自動拳銃として、DWM(ドイツ銃器弾薬製造株式会社)の技術者であったゲオルグ・ルガー氏(George Luger)の設計による着脱式弾倉を備えたパラベラムピストーラが存在する。最初に目をつけたのはスイス軍で、7.65mm(.30ルガー)の4インチ銃身付きをモデル1900として採用した。後に世界中で採用される9mmパラベラム(9mmルガー、9×19mm)は1902年に登場し、ドイツではまず海軍が1904年に同口径の6インチ銃身付きを“Pistole 04 ”(P.04)として採用している。陸戦隊の武装となったP.04は、着脱式のショルダーストックが標準装備としてセットで支給された。1908年に陸軍が採用した9×19mmの4インチ銃身付きであるP.08ではショルダーストックは廃止されたが、1914年に登場した8インチ銃身の“Lange P.08”(ランゲP.08)ではショルダーストックが復活している。大きくて重い歩兵用の小銃の代替として砲兵部隊向けに開発されたランゲP.08の銃身後部には100 ~ 800mの照準に対応したタンジェントサイトが備わっており、平板のショルダーストックと専用ツール入りのホルスター、2つの予備マガジンとそれらを納める2連マガジンパウチのセットで砲兵部隊に支給された。後に32連のトロンメル(ドラム)マガジンが開発され、ローディングツール等と共に支給されている。
拳銃弾を使用するランゲP.08は、威力や射程では歩兵用小銃と比較にならないほど劣るが、その速射性と取り回しやすさから近接戦闘では非常に有効であった。当初は砲兵部隊や航空兵、拠点防衛部隊などに支給されたが、後には前線の歩兵部隊にも支給されている。1917年以降に製造されたランゲP.08は攻撃用の武装として、そのほとんどが前線の部隊に支給されたという。
第一次世界大戦の塹壕戦で重宝されたショルダーストック付きピストルだが、第二次世界大戦の頃には廃れていった。しかしながら例外もあり、1938年に製造中止となっていたマウザーのシュネルフォイヤーは1940年に約7,800挺がドイツ空軍向けに再生産され、単車で移動する対空砲部隊所属の伝令たちに支給されたほか、WWⅡ勃発後にドイツ国内に残っていたシュネルフォイヤーは武装親衛隊などでも使用されている。
また、ベルギーのFN 社で開発されたP35(ハイパワー)も、当初はショルダーストックの装着に対応しており、いくつかのスタイルが用意された。後にショルダーストックの装着に対応したグリップ後面のスロットは廃止され、複雑なタンジェントサイトは固定サイトに変更されている。
フラッシュマグに内蔵されたライトは、前部の切欠きから見えるボタンでオン/オフと明るさモードの選択を行なう。サポートハンドの親指で操作するため、右利きのオーナーは左側に配置している。
ホロサン507Cの上面には、ソーラーパネルが備わっている。


