2025/12/16
WALTHER P38 ROUNDUP(KOKUSAI WALTHER P38, 1976)【ビンテージモデルガンコレクション30】

Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年9月号に掲載
2014年9月号は“1971年の選択”と題した特集号だ。それに合せて、ワルサーP38のモデルガンをラウンドアップすることにした。ほとんどは旧Gun誌で採り上げているが、国際産業製のものはまだレポートしていない。今回はそれをフィーチャーしながらモデルガンのワルサーP38を概観してみよう。

アニメ『ルパン三世』が最初に放送されたのは1971~1972(昭和46~47)年にかけて。作品自体はほとんど記憶に残っていないが、とにかくオープニングで空薬莢をはじき出すワルサーP38のスローモーションが鮮烈だった。エンディングの歌の中でも「ワルサーP38」のフレーズだけはいまだに歌えるのだから、われながら驚かされる。
当時中学生だったボクは第二次世界大戦時のドイツ軍の軍用拳銃がP38であり、どんな形をしているかは知っていた。そして主にTVの洋画劇場やドラマなどで見て、撃つとどんな感じになるかも知っていた。ただ、空薬莢が飛び出すのは知らなかった。
それが、スローモーションで撃ち殻の空薬莢が自動的にスライドに引き出されて(そう見えた)、銃の外へ飛ばされるのを、絵とは言え初めてアップで見たのだ。衝撃だった。当時の日本の映画やTVでは電着プロップが使われていたから、ほとんどの人は排莢されることなんて知らなかった。わずかに、実銃を知っている人や、MGCのブローバックモデルガンを撃ったことがある人が知っていたくらい。そしてこのあと伝説の『ワイルド7』が放送され、トンプソンなどから薬莢をばらまくことになる。
ちなみに放送が始まったのは10月24日だそうだから、第一次モデルガン法規制施行(10月20日)の直後だったことになる。
ボクはP38をそのアニメで知ったといってもいいくらい。そしてP38でモデルガンの世界に踏み込んだ。ただP38は高くて買えず、スライドアクションのPPKを買うことになるのだが。

そのアニメは、ジープなどのミリタリービークルでも知られる大塚康生さんがキャラクターデザインで、銃器にも詳しい世界的な巨匠の宮崎駿さんがシリーズ後半の演出で、それぞれ参加していたというから、強いこだわりがあったのだろう。
ボクはたちまちP38の虜になった。もう夢にも見るくらい。ちょうどその頃、同じくテッポウ好きの後輩がモデルガンのP38を持っていることを知り、ほとんど毎日学校帰りに寄って見せてもらった。
それが中田のP38だった。ダブルアクションという機構もこの時初めて知ったが、当時のシアは亜鉛合金製で、トリガーバーがスチールだったため、ちょっと使っているうちにシアーが削れて、シングルもダブルも利かなくなった。それでも、P38はとにかくカッコよかった。設計のベースが幅の狭いナロースライドというレアなタイプだったことを知ったのは、ずいぶんと後になってからだ。
原型は当時、中田の社員だった六人部登さん。1966(昭和41)年に発売された。
この中田のP38よりちょっと前に発売されたのがMGCのP38アンクルタイプ(MGCはP-38と表記することが多かった)。ファンの要望によりTVドラマの『0011ナポレオン・ソロ』のようにガンガン撃って遊べるモデルガンというコンセプトで作られた。だから指の力で操作するスライドアクションが採用された。これがミリタリー人気を受けて1968(昭和43)年に軍用モデルも発売された。もともとスライドアクションにするためちょっとサイズが小さかったので、実銃用のホルスターに入れるとわずかにすき間ができた。そして、モデルガン独特の機構は、当時はまだ少ないとはいえリアル派には嫌われることになった。その一方でシルエットが美しいと評する人も多かった。設計を手掛けたのは小林太三さんだ。
アニメの放送開始とほぼ同時に発売されたのがCMCのP38(CMCはP.38と表記することが多かった)。最初は手動式のスタンダードで、翌年にはブローバックを発売する予定だったが、専門誌の1973(昭和48)年1月号の広告で、ようやく「発売迫る」となっている。かなり苦労したようで、発売されたものもあまり快調ではなかった。しかし、ほぼフル機能で、シアーにはロストワックスのスチールパーツが使われ、耐久性もあった。いわば中田のP38をバージョンアップしたような感じ。ややトリガーが前のめりな感じだが、シルエットも美しくよりリアルになった。これも原型は六人部さんと言われている。
その後1974(昭和49)年になって自社ブランドを立ち上げたマルシンから金属製のP38が発売されるが、これはモデルガンの製造をやめた中田のワルサーP38を引き継ぎ改良したもの。のちにブローバックも発売されたようだが、確認できていない。
おなじ1974年にMGCから金属製のP38ブローバック(MJQ)が発売される。原型は六人部さんで、それを亜鉛合金ダイキャストの量産向きにちょっとアレンジしたのが小林さんだ。その名からもわかるように作動性を重視したため、省略された部分も多い。それにも関わらず、作動性能はいまひとつの感があり、大ヒットとはならなかった。しかしシルエットはそれまでで一番美しかった気がする。
そしてモデルガンを本格的に作り出した国際産業が1976(昭和51)年に発売したのが、今回取り上げる金属製のP38だ。1973年から国際産業の名でモデルガンを作り始めたもののオリジナル製品が少なく、1974年12月には日本モデルガン製造協同組合ができたこともあって、すでに進行中だったものを除き、路線変更することになったらしい。
このP38の設計を手掛けたのが、陸軍技術研究所から、戦後、警察事務官、警察予備隊を経て防衛庁技術研究本部で六二式機関銃の開発に携わり、退官後は豊和工業で六四式小銃の開発にも関わった津野瀬光男さんという人。1976年に豊和工業を退社し、執筆生活に入ったことで国際出版との関係ができ、そこから国際産業に紹介されたらしい。そして本誌2012年4月号で取り上げた「.44オートマグ・モデル180」と「ニューガバメント」と「ワルサーP38」の3挺の金属製モデルガンをデザインしたあと、警察の規制が厳しくなったのでモデルガンの設計はやめたという。これらのことは「小火器読本」(津野瀬光男/かや書房)に書かれている。
残念ながら、上記3種はモデルガンの設計が初めてだったためか、外観のアレンジやメカニズムのアレンジもあり、ファン受けはあまり良くなかった。
1975(昭和50)年11月1日には組合のsm自主規制、1976年の年末にはsmⅡ自主規制を実施したにも関わらず、1977年12月1日にはモデルガン第二次法規制(smG)が施行されてしまう。これでモデルガンのプラスチック主流が決定的となった。

諸元
メーカー:国際産業
名称:ワルサーP38(コマーシャル、ミリタリー、ゲシュタポ)
主 材 質:亜鉛合金
発火機構:前撃針、サイドファイアーファイアリングピン
撃発機構:シングル/ダブルアクションハンマー
作動方式:手動
カートリッジ:ソリッドタイプ
使用火薬:平玉紙火薬
全長:210mm
重量:950g
口径:9mm
装弾数:7発
発売年:1976(昭和51)年
発売当時価格:各¥6,500(カートリッジ7発付き)
※ smG規格(1977年)以前の模擬銃器(金属製モデルガン)は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2025年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー, イエロー等を吹きつけるなどの処置が必要です。
※全長や重量のデータはメーカー発表によるものです。また価格は発売当時のものです。
そしてPFCを開発したマルシンが、その翌1980(昭和55)年に発売したのがプラスチック製のP38ブローバック。最初は金属モデルがベースとなっていたが、すぐに疑似ショートリコイル式の新規設計に変えられた。そして、これが作動、メカニズム、外観すべてにおいて当時の最高峰のP38であり、頂点となった。
原型の製作は六人部さんのようだが、それをベースにかなりアレンジしているようで、マルシンは社内設計と言っている。
唯一再現されていないのは、トリガーを引いたとき以外撃針をロックするだ。これは1983(昭和58)年にプラスチックモデルガンのセンターファイアー方式が組合で認められたことから、すぐにも実現するのではないかと思われたが、エアソフトガンの時代がやってきて実現することはなかった。
その後、真ちゅう削り出しの高価なP38も発売されたようだが、ボクとしては、HW樹脂製の量産品で、ブローバックでなくても良いので、ぜひファイアリングピンロックまで再現したモデルが欲しい。
今回、古いP38を見なおして、あと一歩のところまで行ったことを思い出した。ぜひ完全版を作って欲しい。強くそう思った。
Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年9月号に掲載
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