2025/04/14
MGC ヘンメリーフリーピストル【Vintage Model-gun Collection】
Vintage Model-gun Collection -No.2-
MGC
HÄMMERLI FREE PISTOL
(1964年)
Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals Vol.2 (2012年5月号)に掲載
1964年(昭和39年)、日本で初めて、アジアでも初めてのオリンピックが開催された。戦後の復興を世界にアピールするため、東海道新幹線、首都高速道路などが開催に合わせて作られた。日本中がお祭りムードで盛り上がる中、MGCもオリンピックを記念したカスタムを発売することになった。それがいまや幻とも言われるヘンメリーだった。
諸元
メーカー:MGC
名称:ヘンメリーフリーピストルカスタム
主材質:スチール
撃発機構:なし
作動方式:無可動(ソリッド・モデル)
全長:約398mm
重量:約918g
口径:.22LR
発売年:1964年(昭和52年)
発売当時価格: \6,000(限定62挺?)
※銃口を閉塞し、金・黄・白色にしたもののみ所持可。
※ 全長や重量のデータはメーカー発表がないため、実測値です。また価格は発売当時のものです。
※smG規格合格品以外は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2012年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー・イエローなどを吹きつけるなどの処置が必要です。
※全長や重量のデータはメーカー発表によるもので、実測値ではではありません。また価格は発売当時のものです。
MGCのヘンメリーカスタムは、発売されたことはわかっていたものの、あまりに製造数が少ないため実際に見た人が少なく、記事として取り上げられたこともなかったため、ほぼ幻のモデルガンとして伝えられていた。
今回、東京のモデルガン・ショップ「アンクル」さんで、ショーウィンドーの中に展示してあるヘンメリーを見るまで、ボクは現物を見たことがなかった。これは大きな驚きだった。
いままでこのヘンメリーが紹介される時は、いつも決まって雑誌広告に使われた不鮮明なモノクロ写真が複写されて載っているだけ。MGCでさえサンプルはおろか、鮮明な写真すら残っていないという幻のモデルガン。一体どんなものだったんだ。ボクの妄想は行き場を失い、迷走を続けた。それが、目の前にあった。
資料の少ない時代に、良くここまで作れたものだ。感心する。聞けば、メカニズム等はいっさい備えていないという。そうか、完全なディスプレイモデルだったんだ。なるほど。これなら法規制対象外だ。だから厳密にはモデルガンではないのだが……。



今回はぜひ皆さんに見ていただきたいということで、特別に今までどこにも貸し出したことがないというその貴重なヘンメリーをお借りすることができた。じっくりと幻のモデルを味わっていただきたい。
初めて正確な形状がわかったので、ベースとなった実銃を調べてみた。すると、スイス・ヘンメリー社のオリンピックフリーピストル競技用の銃として、1948~1952年頃に作られたM100というモデルらしいことがわかった。
フリーピストルというのは、50mの距離から20cmの直径の黒点を狙って撃つ精密射撃競技だ。銃は.22LR弾を使用する単発ピストルで、片手でグリップしただけで銃がピッタリと手にフィットして標的に向けて固定しやすいアナトミーグリップが装着されている。当時のメダリストがこの銃を使って入賞し、有名になったらしい。決して架空のモデルではない。
まずスナップショットを撮って、タニオコバの小林太三さんに送った。設計されたのが小林さんだと聞いていたからだ。
小林さんの第一声は「よく現物が残っていたねえ」。小林さん自身かなりの驚きだったらしい。MGCにもサンプルが残っておらず、製造数も極端に少なかったと。
1964年は、2012年1月に公開された大ヒット映画「三丁目の夕日'64」でも描かれていたように、東京オリンピックが開催された年。映画では鈴木オートに初めてカラーTVがやってくるが、多くの家庭ではこれを期にモノクロのTVを買ったところが多かった。ウチもそうだった。




バレーボールの日本女子チーム「東洋の魔女」、重量挙げの三宅、マラソンの裸足の王者アベベ、柔道のヘーシンク、女子体操のチャスラフスカらが大きな話題になった。
MGCでも記念になるカスタムを発売することになった。社長の鶴の一声だったという。銃器雑誌に載っていた競技銃を指して、これを作れとなったらしい。それがヘンメリーのフリーピストルだった。
実はちゃんと根拠があって、1968年のMGCの機関誌『ビジェール』の記事「MGC 6年のあゆみ」に、「(オリンピックを記念し)日本選手で健闘三位に入賞した古川選手愛用のこのモデルができ上がった」とある。
調べてみると、1964年の東京オリンピックで、男子50mフリーピストルで日本の古川貴久選手がみごと3位に輝き、銅メダルを獲得している。実は古川選手は1960年のローマオリンピックでも同じ競技で銅メダリストとなっているスゴイ人。福岡県出身で、東京オリンピックの時は28歳。実際のところ、射撃という競技でオリンピックのメダリストとなった日本人は4人ほどしかいないのだ。しかも2つもメダルを取ったのはこの人だけ。その人の使用モデルを作ることは当然だったとも言えるのだ。






この時、2種類のターゲットピストルが作られている。1つはこのヘンメリーで、もう1つはPPKベースのカスタム、ワルサーターゲットピストル。銃身を延長し、マズルブレーキとカウンターウエイトを付け、アジャスタブルサイトと調整可能なヒールレストの付いたターゲットグリップを装着したもの。ヘンメリーのM200オリンピアセミ・オートマチックピストルに雰囲気が似ている(実銃も原型はワルサーだと言われている)。こちらは発火が可能だったようで、メカニズムも備えていた。
ワルサーターゲットピストルは小林さんの記憶では30挺くらいしか作られなかったと思うとのこと。こちらも記事で取り上げたいので、お持ちの方がいらっしゃったら、ぜひお貸しいただきたい。
さて、ヘンメリーは何挺作られたのか。小林さんの記憶では60挺くらいではなかったかと。そこで初めてその名が載った月刊Gun誌1964年10月号(国際出版)の広告をよく調べてみると、ある数が載っていた。「今回のカスタム製品は希望が多い場合は、右のように地方別にて抽せんの上、当選の方にのみ配布するシステムをとる」というのだ。そしてその数字は「北海道3、東北2、関東4、東京6、中部3、北陸2、関西5、四国・中国4、九州3、計62挺」となっている。ちょっと待って、これって合計32挺じゃないの。30挺多くなっている。しかし62挺なら小林さんの記憶とはほぼ合致する。
これは、公募して抽選する数が32挺、ほかに予約もしくはショップや流通で卸すところが30挺分すでに決まっていたということか。あるいは贈呈用として30挺配ったとか。小林さんもわからないという。計算の合わない数字は謎のままとなった。
当選した人だけが買えるという前代未聞の抽選にもれた人は、次回の予約の時に優先されることになっていたらしい。
ヘンメリーの製作に当たり、小林さんはできるだけ手間をかけずに作るため、仕上がり寸法に近いバレル用の角棒や、レシーバー用の角パイプを使ったという。リアサイトの調整ねじなどは他のモデルのグリップスクリューなどが使われている。
実銃ではグリップの底にあるブリーチを開くためのレバーはPPKのハンマーが使われた。最初は実際にブリーチ部分が下がるものを作ってみたそうだが、手間がかかりすぎるということで、無可動になったらしい。これが唯一の動く部品で、スプリングを備えていて、わずかに後ろに引くことができる。といっても、他に何も動かないのだが。
フォアグリップとアナトミーグリップの木部は、小林さんが自分で木を削って原型を作り、大和木工に「同じものを作ってくれ」と発注したそうだ。





金属部分はプロトタイプを1挺作り、それに合わせて作っていった。手加工が多く、大変手間がかかったという。トリガーガードのカーブなどは専用の治具を作り、そのカーブに合わせて曲げた。またフライス加工は、当時工場にいた金属加工職人で修理専門の人と一緒にやったという。
最後のガンブルー仕上げは社内で行った。140℃に熱したフェルマイト系の処理液に浸けては出してさまし、また入れるということを3回やって美しいブルーの肌を実現したそうだ。
価格は6,000円。大卒の初任給が21,000円くらい頃の話だから、今でいえば60,000円くらいの感じだろうか。無可動の文鎮モデルで60,000円はずいぶん高価だと思うが、それでも抽選販売だったのだ。いかに人気があったことか。
ほとんど資料がない中、どうにか作り上げたというヘンメリーだが、細部まで実に良く雰囲気をとらえている。買えた人は本当にラッキー。これからも大切に保管して欲しい。
●Vintage Model-gunとは
本コーナーにおけるヴィンテージ・モデルガンは、原則的に発売されてから20年以上経過した物を対象としています。つまり2012年現在では、1992年以前に発売されたモデルガンということになります。
Text & Photos by くろがね ゆう
協力:タニオコバ 小林太三 http://www.taniokoba.co.jp/
撮影協力:モデルガンショップ・アンクル
Gun Professionals Vol.2 (2012年5月号)に掲載
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