2025/08/22
軍と法執行機関で職務を遂行した異色のアーティスト TACTICAL GEAR PICKUP:BattleTribe
軍と法執行機関で職務を遂行した異色のアーティスト
最近のタクティカル系界隈のトレンドともいえるドローイング。
“BattleTribe”は、数あるブランドの中でもひときわ注目度の高い存在だ。
創設者にして、すべてのアート作品をハンドドローン(手を使って描くこと)で創作するのは、Matt Rendar(マット・レンダー)。彼は、アメリカ陸軍の退役軍人であり、ニューヨーク市警の“forensic artist(法医学アーティスト:目撃者の証言から似顔絵を描くなどする画家)”でもあった。
そんなマットが描いた作品をプリントしたTシャツやパッチ、ステッカーのようなアイテムは、現在タクティカルギアユーザーの間で高い人気を得ている。同時にアメリカの装備メーカー“Crye Precision” や、アイウェアメーカー“Oakley” といった大手装備メーカーの公式アイテムのアートワークや、元イギリス特殊部隊隊員(SAS)のChris Craighead(クリス・クレイグヘッド)とのコラボ作品なども手掛けており、グッズメーカーとしても広く知られている。

父親の影響を受けた幼少期
ニューヨークで生まれ育ったマットは、常にアメリカとアートへの情熱を持って日々を過ごしていた。
「私の才能の大半は、父から受け継ぎました」
そう語るマットだが、アートに興味を持つようになったのも、アニメーターとしてフルタイムで働く父親からの影響が大きかったという。
マットの父親は、アニメーターとして、ウォルト・ディズニーやワーナー・ブラザーズで数多くのアニメ映画やコマーシャルを手がけていた。マットの述懐によると、仕事場だけでなく自宅でもその作業を行なっていたそうだ。そんな父親が関わった作品を、映画館やテレビで見たマットは、毎回心から感動していた。そして、作業に没頭をする父親の姿を真似て、幼いころから自身でも絵を描くことやスケッチをするようになった。今のマットから見ると、それはあくまで「趣味レベル」のものだったらしいが、彼にとって創作は、楽しく、そして心を熱くさせてくれるかけがえのないものとなっていった。

アメリカ同時多発テロを機に従軍志願
絵を描いて過ごす幼少期を過ごしたマットだったが、2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件を機に軍隊に入隊することを思い立つ。
マットの祖父が、第二次世界大戦で従軍して、硫黄島、ガダルカナル、沖縄などに赴いた元軍人で、彼にもまた敬意を抱いていた。そして、自身の故郷であるニューヨーク市のシンボルであったツインタワーの崩壊を目の当たりにしたことで、マットは、自らの従軍を決断する。
彼はアメリカ陸軍に入隊、2003年と2005年にイラクに派遣された。最初の遠征ではアメリカ陸軍第3歩兵師団第7歩兵連隊第2大隊に、2度目の遠征ではアメリカ陸軍第3歩兵師団第69機甲連隊第3大隊に従軍した。イラクでマットは分隊選抜射手として任務を遂行した。
「ある任務で、墓地から武器の隠し場所を探していました。次の瞬間、巨大なI.E.D.の爆発に飲み込まれました。地球が飛び上がったのかと思う衝撃とともに、私は4フィート(約1.2m)ほど宙を舞ったのです」
この爆発で鼓膜に穴が開き、顔に破片を受けた。マットは、パープル・ハート(名誉負傷章)を授与され、その後、名誉除隊してニューヨークの自宅に戻った。

鉛筆と紙で犯罪者を捕まえる犯罪捜査官
2006年の除隊後、マットはニューヨーク市警を志願するチャンスを得て、警察学校に入校した。そこから8年間、マットはニューヨーク市警の「ストリート・コップ」として勤務した。
人生の転機は、マットの絵の才能を知った人物からの助言だった。
2011年、マットはその言葉に導かれるようにフォレンジック・スケッチ・アーティストになるためのデッサンのテストを受けて合格した。その職に就くまでには現職のフォレンジック・スケッチ・アーティストが退職するまで待たなければならなかったが、2015年、ついにマットはニューヨーク刑事局に入り、フォレンジック・スケッチ・アーティスト兼刑事となった。
フォレンジック・スケッチ・アーティストとは、スケッチ・アーティストとも呼ばれ、被疑者や関係者の身元確認、逮捕、有罪判決のためにフリーハンドまたはコンピューターで描画するグラフィック・アーティストである。
その職務を担うために犯罪の被害者や目撃者にインタビューを行ない、彼らの記憶を最もよく反映したイメージを絵で再現することができる、専任のフォレンジック・アーティストは、全米で100人ほどしかいない。そのひとりとなったマットは、数多くの事件に携わり、その技術で事件の解決に大きく貢献をした。
2023年1月にマットは、長年勤めたニューヨーク市警を退職、人生の次のステージに進むこととなった。
BattleTribeコレクション
ニューヨーク市警察を退職したマットは、すぐに”BattleTribe”を立ち上げ、創作活動に没頭していくのであった。
マットの強みともいうべき特徴は「作品を完成させる速さ」だ。描きたいものを短時間に描き出せるので、短いスパンで数多くの作品を生み出し、SNSで発表していくことができた。クオリティの高い作品が次々に発表されていく。そんな”BattleTribe”が話題になるのも、時間はかからなかった。
”BattleTribe” のモチーフは、マット自身の知識と経験がベースとなっていることが多い。だがそれだけにとどまらず、映画やTVをはじめとする多種多様なポップカルチャーにも触発され、影響を受けている。アメリカが生んだ世界的に有名な作品や、特殊部隊好きなら誰もが知る作戦や戦闘をテーマに、オリジナルキャラクターを使って描かれているシリーズは、常に人気を呼んでいる。
マットのファンの中には、現役の特殊部隊隊員や法執行機関職員たちもいる。彼らはマットの絵が描かれたパッチなどを装着し、結果として多くの人たちが ”BattleTribe” を知ることとなった。地元のボランティア活動にも参加するマットは、アメリカ軍とニューヨーク市警察の職務経験を持つ地元で活躍するアーティストとして、地元メディアからも取材を多数受けることとなった。
メディアや、軍と法執行機関関係者の中で注目されたこともあり、アメリカの銃器や装備メーカーからイラストのオファーを得ていくようにもなっていった。
The Wrong Wolf
2023年に発刊された児童文学書『The Wrong Wolf』の作家は「オビ・ワン・ナイロビ」としても知られる クリス・クレイグヘッドである。
クリスは、2015年1月15日にケニアの首都ナイロビにある高級ホテル”Dusit D2”にて起きた武装グループ制圧のため地元郡警察に協力したイギリス陸軍特殊部隊SAS隊員として知られる。当時はケニア軍への軍事指導員として赴いていたが、現在は軍を退役して、銃器メーカーのアドバイザーなどとして活躍している。
そんな彼の退役後初となる著作が『The Wrong Wolf 』である。
オオカミが牧羊犬になるという物語だが、クリス自身の人生のエピソードを反映した作品だ。その挿絵を担当したのが、クリスの友人でもあるマットであった。子供向けの本でありながら、若年層から高齢者まで、誰もが共感できるポジティブなメッセージを伝えている作品でもある。本の売上の一部は、現役退役軍人をサポートするアメリカの非営利団体 ”Frontline Healing Foundation”に寄付されている。
自由を守るために尽くした誇りを胸に
マットは、20年以上にわたって軍と法執行機関の制服に身を包んで国のために尽くしてきた。
「制服で過ごした時間は、私の人生で最も実りある時間でした。自分よりも大きな存在の一部であったことを嬉しく思います。私にとってアメリカ国旗は、自由がいかに貴重なものであるか、その自由を守るために私より前の世代が、いかにすべてを捧げてきたか、そして後の世代の人々が、いかにすべてを捧げていくことになるのかを象徴しています」
そう語るマットは、現在、家族との時間と創作活動に集中している。
マットの作品は、彼のウェブサイトとショップで見ることができるので、興味を持った読者は是非観ていただきたい。
Instagram:https://www.instagram.com/mattrendar/
HP(販売サイト):battletribe.etsy.com
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TEXT:Ghost(Ghost in the Dark)
SPECIAL THANKS:BattleTribe
この記事は月刊アームズマガジン2025年9月号に掲載されたものです。
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