2021/04/08
現代のアメリカ軍も影響を受けた19世紀生まれの“戦争必勝法”とは!?【前編】
現代のアメリカ軍も影響を受けた19世紀生まれの“戦争必勝法”とは!?【前編】
19世紀に“戦争必勝法”を考え出した軍人がいた。しかも、彼の考え方は現代のアメリカ軍にも大きな影響を与えている!? 彼――アントワーヌ=アンリ・ジョミニが生み出した思想と、現代の軍隊への影響をコミックとテキストで解説!
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ジョミニによる「勝つための方法」
用兵思想の発展の歴史の中で、欠かすことができない重要な用兵思想家に、ジョミニとクラウゼヴィッツの二人がいる。本講では、この二人の理論について、そしてその理論が後世に(とくに現代に)どのような影響をおよぼしているのか、を見ていきたい。まずはジョミニからだ。
アントワーヌ=アンリ・ジョミニ(1779~1869年)は、スイスのフランス語圏で生まれ、ナポレオン時代にフランス軍で勤務したのち、ロシア皇帝の軍事顧問となった。
そのジョミニのもっとも有名な著作が『戦争術概論』だ。本書は、19世紀に主要各国で創設されるようになった士官学校や参謀大学校で、教科書や履修要覧として使われた。アメリカ南北戦争(1861~65年) では、南北両軍の将校が、「右手に剣、左手に『戦争術概論』を携えて戦った」といわれているほどだ。
その『戦争術概論』の内容は、戦争に勝つための方法論、いわば「How to win(どうやったら勝てるのか)」を中心としている。これに対して、後述するクラウゼヴィッツのもっとも有名な著作である『戦争論』は、戦争そのものを考察している。いわば「What is war(戦争とは何か)」を中心としたものであり、ジョミニの『戦争術概論』と対照的な内容といえる。
戦争には「不変の原則」がある?
ジョミニは、戦争を政治的な要因や社会的な要因から切り離して考察し、戦争には「不変の原則」がある――と主張した。そのうえで、以下のような戦争に勝つための基本原則を提示している。
◆ジョミニの基本原則(1838年)
- 戦略的運動によって大兵力を自軍の連絡線を危険にさらすことなく、可能な限り敵の連絡線もしくは戦地に投入すること。
- 我が全力で敵の分力と戦うよう機動すること。
- 戦闘が行われるときには、戦術的運動によって大兵力を戦場の決勝地点もしくは前線のもっとも重要な地点に投入すること。
- これら大兵力は決勝地点にただ存在するだけなく、活発かつ一斉に戦闘に加入すること。
[訳文は戦略研究学会編、片岡徹也・福川秀樹編著、戦略論大系別巻『戦略・戦術用語事典』(芙蓉書房出版、2003年)より引用
前講でも述べたように、現代の軍隊は、軍事行動の指針となる根本的な原則、すなわち「ドクトリン」などをまとめたドクトリン文書を公式に定めているが、そのなかで英語圏を中心とするドクトリン文書によく記されている「戦いの原則」は、ジョミニのこうした考え方に影響を受けたものだ。
実例をあげると、アメリカ陸軍は「戦いの9原則」(ナイン・プリンシプルズ・オブ・ウォー)を、90年近くにわたって自軍のドクトリン文書に記載し続けた。近年になって、これに3つの原則を追加したが、以前の9原則には変化はなく、計12の原則がいまだに掲載され続けている。
また、陸上自衛隊の指揮、作戦・戦闘などに関するもっとも重要な教範である『野外令』には、ごく初期の版から9つの「戦いの原則」が記されている。加えて、アメリカ陸軍から陸自に導入された、敵の可能行動の列挙や自軍の行動方針の比較、といった状況判断の手法なども、実はジョミニに源流がある。
このように、ジョミニの用兵思想は、現代の主要な軍隊にも大きな影響を与え続けているのだ。
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本記事は、現在好評発売中の『イラストでまなぶ! 用兵思想入門 近世・近代編』より冒頭を抜粋した。現代の軍隊にも引き継がれている、ジョミニ、クラウゼヴィッツ、モルトケなど歴史上の偉大な用兵思想家を振り返り、近代的な用兵思想の誕生と現代への繋がりについて解説している!