その他

2020/02/28

【小説】リリーガンズ・カリフォルニア/著:扶桑のイーグル

 

 「アームズマガジン ミニコンテストVol.01」 

 短編小説部門 入賞作品 

 

-----現代のアメリカ合衆国、その西海岸に位置し青い海と木々豊かな山が連なる大地カリフォルニアで銃撃戦が繰り広げられる! ギャングを相手に、憎まれ口をたたき合いながら女の子二人が立ち向かう爽快ガンアクション、ここに開幕!

 


 

倉庫内の銃撃戦

 ドトトッ!っと暗い室内に銃声が木霊こだまする。私の長い金髪が目の前で揺らぐ。

 

 同時にフラッシュがかれ、建物の中を照らす。まるで写真をっているかのように。全てがコマ送りに動く。黄色い火花が建物の鉄板を傷つける。

 

 マフィアと交戦中の私が見たものは、素晴らしく造形ぞうけいの整った女神の像だった。暗い中、それが一瞬ずつ数度きらびやかに現れる。

 

 それが私には笑っているように見えて、薄気味悪かった。

 

 笑うのは女神じゃない。私か、マフィアだ。

 

 発砲音の隙間すきまを狙って、私はカビ臭い木箱から身を乗り出して銃を撃つ。引き金を引くのはほんの一瞬。それで十分。

 

 が手の中でえる。小柄こがらな私にもフィットするUMP9が弾を吐き出した。

 一秒につき十発の速度で。僅かに遅れて、高速の射撃機構が生んだ反動が私の肩を叩く。

 

 複数の拳銃弾9mmパラベラムが衝撃波を空気中に残し、マフィアの一人に向かって飛んでいく。手応え有り。血が飛び散った、ような感じがした。あくまで見たわけじゃない。

 

 戦果確認はほどほどに、マフィアのやばいのがこっちを狙いまして撃ってくるよりも早く物陰ものかげに隠れる。

 

 ほぼ同時にドギャギャギャ!っていう金属的で暴力的な音が耳をつんざいた。

 

 私の隠れてる木箱が砂で出来ているみたいに粉砕ふんさいされて飛び散る。嫌なことに中身が私に降り掛かってきた。

 

「うわっ…ぺっぺっ!何よこれくっさい…」

 

 私の今日の発声第一号がこれかと思うと泣きたくなる。何が悲しくてくさったようなエンジンオイルの感想を一日の初めに述べなければならないのか。

 

 なんて事を考えていたら次は本当に泣くことになった。

 

 マフィアの銃弾が木箱を中身ごと貫通、パーカーとTシャツの下に着ていた防弾チョッキを殴ったのだ。

 

 嬉しいことに貫通はしなかったけど、当たった衝撃はほんと、殴られたって表現が一番適切だと思う。そのくらい痛いのが胸から肩にかけて走った。

 

 私の体は銃弾の当たった左胸を押されるようにして床に倒れ込む。汚らしい床に倒れるのかと思うと気が落ちるけど、吐いたつばをそれほど気にしなくても良いのは有難い。

 

 実際はそんなこと考えてる余裕はなくて、多分美少女にあるまじきすさまじい顔をしながら左胸を押さえて横たわる。

 

「がはっ…あ…ぐっ…ぉっ…」

 

 吐きかけた腹の中身を全力で我慢する。クソッタレな人生の最期だとしても、ゲロに顔を埋めて死ぬのだけはごめんだ。

 

 ドクンドクンとうるさく耳の中を流れる血流の音に混じってマフィアが素早く駆け寄ってくる靴の音が聞こえる。

 

 挟撃きょうげきされるのは不味い。私は身体を何とか起こし片方に向かって走り出す。とりあえず右だ。左は良くない気がする。

 

 マフィアが木箱の後ろから現れる。数発のパラべラム弾をひげヅラに叩き込み、血の臭いをぎながら横を駆け抜ける。

 

 そのまま、また右に曲がる。マフィアのいる方へ。私は逃げない。

 

 てっきり横に抜けていくと思っていたハゲが目を開きアサルトライフルを射撃するけど、遅い。それに慌てすぎだ。

 

 当たってれば防弾チョッキごと私の体をはちの巣にしていただろう5.56mm×45mmNATO弾は、私の金髪を何本か千切り後方へ飛んでいく。

 

 悲しげな金属音が鳴り終わる前に、つぶせる距離まで詰める。

 そんな甘っちょろい攻撃はしないけど。

 

「残念」

 

「ぐっ……がっ!」

 

 ハゲ頭の懐に入った私はやつの銃を蹴飛ばし、アゴに銃口を突き付けて引き金を引いた。

 

 パラベラム弾が下頭部の骨を粉々に粉砕し、そいつは仰け反って死ぬ。その影に隠れて木箱の上に乗り、走る。

 

 後ろにいたひかえが遅れに遅れて私に反応する。血走った眼が見えるほど近づくまで、遅れて。

 

 狙い通りだ。木箱に乗るという動作をするのは、大の男では大変だからしようと思わない。だから、私が出てくるのは反対の開いた空間からだと思っていたんだろう。

 

「残念」

 

 三発。丁寧にヘッドショットを決める。硬い頭蓋骨ずがいこつが、マフィンのように砕けた。

 

 木箱のおかげで奇襲きしゅうができた。けど木箱の上にいるのは目立つ。南カリフォルニアソーキャル北カリフォルニアノーキャル魅力みりょくを大声で流布るふするくらいには。

 だから私は木箱から飛び降りて死体の横を走り抜ける。

 

 その瞬間、駆け抜けたはずのマフィアの身体が私に向かって吹っ飛んできた。

 

「ぅあっ!?」

 

 男の重い身体に押し潰される。それが逆に幸運だった。

 

 弾を浴びる代わりに血を浴びるだけで済んだのは、幸運と言わざるを得ないだろう。男の身体に何発もの銃弾が着弾したのが背中越しに伝わってきた。

 

 ここのマフィアがAKカラシニコフを使ってなくて良かったと思う。あれの貫通力だったら私の背中は今頃ズタズタだ。

 

 反撃。

 

 右手を後ろに向けて弾をバラ撒く。上手く一発くらいは当たってほしい。

 

 はい無理。当たるわけない。

 反撃の反撃が背中の男に撃ち込まれ、血肉がびちゃびちゃ周りに降ってくる。ミンチ肉工場じゃないっていうのが信じられないくらい。

 

 いくら弾が貫通しないと言っても、この男の形が保たれてればの話だ。いつかは弾が男を突き抜け私の内蔵を破壊するだろう。

 

 背中に生暖かい血が流れてきたにも関わらず、何か冷たいものが駆け上がる。

 

 私は軽くなった男の下から逃げた。逃げて木箱の後ろに隠れる。

 

 木箱を銃弾が叩いた。反撃で一人殺す。

 

 これで残っているのは二人だ。多分。

 

 敵が実はまだいっぱい残ってるとか、増援が来るとか嫌な妄想は止めにして、一番ヤバいやつに集中する。

 

 暗闇の中で何かが動いた。射撃。

 

 フラッシュで建物の中が見通せた。私の攻撃で血を吹くマフィア。その様子を笑ってみている女神。

 

 こいつはそういう女神なんだなと、思った。

 

 不意に女神がこっちを見たような気がした。

 

 私は生きているぞ。なぜこっちを見る。

 

 気味が悪くなり、破壊衝動はかいしょうどうが膨れ上がる。

 

 同時に、一人いなかったことに気づいた。

 

 

 

最悪の敵

「っ!」

 

 私は気配を感じ、あわてて後ろに銃口を向ける。

 

 だが照準を付けるよりも早く、腹にキツいりを入れられた。タコスを手でにぎり潰すように内蔵ないぞうが潰れる感触が頭を圧迫する。

 

 その拍子ひょうしに跳ね上がった手から相棒UMP9が離れる。繊維強化プラスチックFRPの軽い音が、今はやけに重く響いた。

 

「ぐっ……げえっ!がひっ!あ、ぐあ……」

 

 口からはのどめられたけものみたいな声しか出てこない。私は腹の上に居座る脚を退けようと藻掻もがくが、ピクリともしなかった。こいつ、強い……。

 

 いや、強いのは分かってたんだ。なんたってこいつは……。

 

「ん?どこかで見た事あると思ったら……あの時のガキかぁ?」

 

「ふーっ!ふーっ!はな……せっ……!」

 

 あの時。私の両親が殺された時。こいつは、笑っていた。

 私は必死に逃げ出し、カリフォルニアを頼るあてもなく点々とし、戦闘の術を学びこいつを殺すためにここのアジトを突き止めた。

 

 正直もう両親の顔も忘れたけど、だからってこいつを許す口実にはならない。

 だから殺しに来た。なのに、こいつはニューヨーカーが色んな食事をしてベースボールと芸術を愛するように、どんな戦闘でもこなせて銃と悲鳴を愛してやがる。

 

 この一瞬で分かってしまった。私が思考を張り巡らしていなければ、気配なく近づかれ脳みそか内蔵を床にばらまいていただろう。

 こいつは、本当に強いんだ。それが悔しくてたまらない。

 

 強かったはずの父と母がなぜ殺されたのか、今よく分かる。

 

「……残念だったな」

 

 残念。こいつもそう言うのか。父がよく使ってた。

 

 小さな窓から僅かに射し込んだ光が男の顔を照らす。目がくぼみ、ロシア系にも見えるスキンヘッドの男。

 

 持っている銃は、ドイツのG36。プラスチックFRPからメタルにした本体にピカニティーレールを装着そうちゃくして、ドットサイト付きスコープのマグニファイアとバーティカルグリップを取り付けている。

 

 G36でこのゴタゴタした組み合わせ、父のだ。

 

 わざわざ私に見せるように、男は笑って涙が流れ出した私の目に銃口を突きつける。

 

 悔しい。あまりにも。何も出来ないのが。母の形見UMP9で仇を取れず、父のG36で死ぬのが。

 

 私は目を閉じ、死ぬ瞬間を待つ。刹那せつな、男の気配が目の前から消えた。

 同時に、バババ!と聞きなれない銃声が木箱をバシバシ叩いた。

 

 何発かは私の足元に一列に着弾し、オレンジ色の火花を立てる。そこで私はようやく我に返った。

 UMP9を手に取り、男に向けて乱射らんしゃする。が、あいつはこの倉庫から出ていくところだった。

 

 銃弾は壁に当たりむなしく散る。

 

「くっそ……」

 

「追って!」

 

 悔しがっていたら、女の声が背中を押した。私は膝丈ひざたけくらいの箱を飛び越え、あいつが消えた方へ走る。

 

 倉庫の外周を取り囲むような通路を駆け抜け、外へつながるドアを肩で勢い良く開ける。太陽のまぶしさに息が詰まり視界がホワイトアウトした。

 

「どこっ……」

 

 あいつを探そうとした時、大きな音が鳴り響く。見ると、一台のバイクが道路に出ていくところだった。

 

「くそ……」

 

 取り逃した。私がここのギャングから奪ったバイクは、今いる場所から倉庫を挟んで反対側。取りに戻ってたら間に合わない。

 

 逃げられた。くそ、くそ……。

 

「……そういえばあの女……」

 

 ふと、恩人おんじんがいつの間にかいなくなってる事に気づく。いやそもそも着いてきてたのかあやしかった。通路を走ってる時は男と私の足音しかしなかったし……。

 

 なんて思ってると倉庫の後ろから爆音が近づいてきた。

 

 甲高いスキール音と共に壁の向こうから現れた背の低い真っ青なスポーツカー。

 角張ったスタイリッシュなデザイン。トップが取り払われたロードスタースタイル。いか闘牛とうぎゅう、最速のハリケーン。

 

 いやいやいや。おかしい。ここのギャングであれば買えるかもしれないけど、バイカーだ。バイクに乗るギャングだ。本人達もバイク愛好会を自称じしょうしているくらいにはバイク好きだ。

 

 だから装甲や輸送力を求めて四輪車を使うことはあれど、スーパーカーを購入したりはしない。

 じゃあ誰が運転してるのか。答えは自ずと絞られてくる。

 

 闘牛を駆るのはさっき私を助けてくれた女。どこからそんな金が出ているのか。

 中古でも数千万、公式サイトに至っては値段が書いてない。オプション付けてカスタマイズして世界に一台だけの車を乗りこなすのが前提の、富豪ふごう向けだから。

 

 これを買う人間は、車程度の値段は気にしない人間だ。私は気にするから調べたことがある。大体40万ドル4000万円だ気にしろ。

 

 凛々りりしい闘牛は私の横に止まる。茶髪をポニーテールでまとめた女はピエロみたいにバカっぽく口を開けたままの私を急かした。

 

「乗って!」

 

「あっ、え……うん……」

 

 私は紳士的に身体を包み込んでくれるシートへ腰を落ち着ける。シートベルトをする暇もなく、車が急加速した。

 

 時速100kmまで3秒足らず。気分はぶっ放された銃弾。アホみたいなGがかかる。

 

「どっち行った!?」

 

「み、右……」

 

 アヴェンタドールは道路に飛び出すと──入口が坂になってたから比喩ひゆではなくほんとうに飛び──着地と同時に車体の向きを変え、通りをかっ飛ばす。

 

 ありえない、まだあの男が小さくだけど見えてる。

 

「射撃準備!」

 

「っ!うん!」

 

 私はUMP9を構えた。その時、視線を落としてチラリと見える女の銃。

 

 MP5だ。私の使ってるUMP9と同じサブマシンガン。つまり拳銃弾を高速でばらくための銃だけど、こいつは異常な精度をほこる。

 

 距離100m以内なら狙撃銃並だとか。その分高価たかいが、財布さいふに余裕があるなら持ちたい。

 道理で聞いた事ない銃声がだったわけだ。お目にかかれるとは珍しい。

 

 ……まあこんな銃にこんな車持っててあの男を殺そうとしている女の子の方がよほど珍しいけど。一体どこのお嬢様なんだか。

 

 男は私達に気づいたのか、速度を上げ始める。けどもう遅い。完全に射程圏内。チェックメイトだ。

 

「死ね」

 

 私は照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 

 

スーパー・ぶっとび・カーチェイス

 肩が強く押される。弾は適度にばらけた。照準の中で小さく見える男をあみのように捉える。

 

 だが当たるかと思った瞬間、一台のバンが銃弾と男の間に割り込み弾いてしまった。いくつもの閃光せんこうがドアで弾ける。

 

「なあっ!?」

 

「装甲車両……サブマシンガンじゃ効かないわ!」

 

「そんなっ!」

 

 私は何度か撃ってみるが、女の言う通り聞いてる感じがしない。万事休す……。

 しかし女は舌打ちすると、ハンドルに付けられたスイッチをパチリと押し上げる。

 

 すると驚くべき事に、運転席と私の間からアサルトライフルが出てきた。マガジン付きで。

 激うまだけどメニューが三種類しかなくて超簡素なインアンドアウトバーガー(カリフォルニアのハンバーグ店)に行ったらデザートが出てくるくらいびっくりだ。

 

「使って」

 

「わお……良いの?」

 

 私は「このくらいなんとも思っていません」って態度を取ってる女の子に、一応許可を取りつつ構える。つまり許可なんか取る気ない。撃ちたくてたまらない。ダメって言われても撃つ、絶対撃つ。

 

 だって、HK416なんてクールな銃を撃てる機会はそうそう無いから。マジでボバタピオカ並にスウィートだよ。

 

 ああもう……指が勝手に引き金を引き絞っちゃった。

 

 引き金が止まった瞬間、トトトトッ……ていう水気を含んだ金属音が鼓膜こまくをぶん殴る。

 衝撃波をまとった銃弾は厚い金属板に当たるとバンの後ろ扉をイルミネーションみたいに光らせながら貫通する。

 

 マガジン一つ撃ち切る頃には、バンは体勢を崩して橋の上から落ちていった。

 

 反撃すらさせない完璧な戦闘パーフェクトゲーム。いいねえ、高級ライフルのなせる技だよ。

 

「なにえつひたってんの!曲がるからさっさとしゃがんで!」

 

 女の声で現実に引き戻される。前方はクリア、だけどやつの乗ったバイクは橋を降りて川沿いの道に入っていくところ。

 

 その先には、桟橋さんばしつながれたモーターボートが。

 

「あいつ……!」

 

「ボートで逃げる気よ!」

 

 女は予測される事態を一言で言いながらフルブレーキングで減速する。

 

 しゃがむと同時にシートベルトをしておいてほんとに良かった。おかげで本日二回目の腹殴られを味わう羽目になったけど。

 

 で、シートベルトしてても吹っ飛びそうな横Gがかかるんだからため出ちゃう。実際に出たのは美少女が出しちゃいけない声だったけど。

 

 虫が潰されたような声で喘ぐ私を無視して、アヴェンタドールは横滑りしながらまた銃弾のごとく加速して川辺の道に入っていく。

 

 私は二重の意味でぶっ飛びそうになってるけど横の女はもう完全にぶっ飛んでるイカれてる。お前のたましい人間用じゃないよ。

 

 アヴェンタドールが爆進する。家と木が絵の具みたいに混ざって後ろに飛んでいく。

 

 それでも、桟橋に着く前にボートは白波を立てて走り去ろうとしていた。

 

「くっそ……!」

 

 私はアヴェンタが止まると同時に身を乗り出してHK416を構える。けど照準を付ける前に、相手の銃弾が飛んできた。

 

 この車は防弾らしいが、私は防弾じゃない。特に顔とか。

 だから、防弾ガラスの後ろ側でやつの乗ったボートが遠ざかっていくのを見ていることしかできなかった。

 

 私は物騒ぶっそうな音を立てる雨の中、拳を握り唇を噛む。後一歩のところで、逃げられた……。

 

  かたきを打てなかった。それに、負けた。悔しい……だからこそこの場で仕留めたかったのに……。

 

「……って!なにコントローラーいじってんの!?あんた悔しくないの!?」

 

 こちらが暗い気分になっているというのに、運転席の女はゲームのコントローラーをハンドルの下から取り出しカチャカチャ触り始めた。

 別に空気を読んで欲しいわけじゃないけど、ちょおっと無神経過ぎる。

 

 その上、どこからともなく響いてきた機械音がうるさくて私の怒りゲージがマッハで溜まっていく。速度で表すならこのアヴェンタより速い。

 

「聞いてんの!?逃がした挙句ゲーム!?ええ、ええ、私だけじゃとても追いつけなかった。あんたが居たからここまで追い詰められた。助けられたのも感謝してる。けどここでゲーム始めるやつとは仲良くできな」

 

 ピピッピー、ガシャン。頭の後ろでがなる電子音と機械音に、ついに私はキレて振り向きながら怒鳴る。

 

「さっきからうるさいな!静かにしろ……よ……」

 

 しかし私は目の前にそびえ立つ金属塊きんぞくかいに、口を開けたまま見上げることとなる。

 

 逆に女はコントローラーに目を落としながら得意げにコロッと舌を鳴らした。

 

「ゲーム?あなたいい所突いてるわね。これパーフェクトゲームって言うんだけど」

 

「……あはん?」

 

 キャリバー50フィフティーン、伝説の銃。

 

 人をつらぬき切断し吹き飛ばす最強の重機関銃じゅうきかんじゅう、M2ブローニング。

 

 それが、車体後部から木のように生えていた。

 

 女がコントローラーのボタンを押した瞬間、発砲が開始される。

 

 化け物がえる。聞く者全てがおのの咆哮ほうこうを打ち鳴らす。手に持っているアサルトライフルが途端に矮小わいしょうに見えてくるほどに、私の相棒が赤子に思えるほどに重厚な音が川沿いに鳴り響く。

 

 私といえばただ圧倒されて仰け反るとフロントガラスに頭を打ち、それでもひるんで動けず両耳を手でふさいでいた。

 

 

 

チーム「マリンセス」結成……?

 ドンドンドンドンドン!

 

 耳元で花火大会をしているような爆音が辺り一面をおおい尽くす。静かだった水面は一変、人ほどの大きさもある水柱が立ち並ぶ死の林へと変貌へんぼうした。

 

 12.7mm弾がモーターボートに乗ったギャングどもを殺戮さつりくする。あのにくい男だって人間だ。これに撃たれればひとたまりもないだろう。

 車に威勢いせいよく飛んできていた反撃は、格上の存在にすっかりビビり上がって姿を消した。というかお亡くなりになった。

 

 横の女は涼しい顔。汗一つかかず静かな笑顔で穴だらけになるモーターボートを見つめている。

 

 ……さっきから大変なことばかりで顔をよく見てなかったけど、結構な美人だ。ほんとどこの令嬢れいじょう様なんだろう。

 茶髪でポニーテール。知的で整った目鼻。緑かかった青いひとみに砂浜のような色の肌。

 

 私みたいな……いいか?私だって美人だ。男に何回か言い寄られてるし色仕掛けだってできる。

 だから、私に似て美人だ。いいや断固として私の方が美人だ、くそ、ちくしょう。

 

 分かった、認める。正直この女の方が綺麗だ。好みを考慮こうりょすれば私の方が勝るかもしれないけど!

 

 とか思ってたらモーターボートが爆発した。爆炎が川を揺るがし噴煙ふんえんが建物より高く上がる。これで、あれに乗っていたギャングどもは死んだだろう。アーメン。もっとも、「じゅうげきで即死してるだろうけど。

 

 女は軽快に口笛を吹いてPS4のコントローラーに似たそれをハンドルの下にしまう。SONY製品はクールだ、間違いない。

 同時に獲物の断末魔だんまつまを聞いて金属の化け物は満足したのか、いたぶることを止めていそいそと自分のねぐらに収まり始めた。

 

 銃身は地面と平行を保ったまま金属製の脚が折れ曲がり、低姿勢へ。カパリとふたが開いてできた空間に倒れ込みカーボンの布団を被って寝る。

 

 ……私、これ違法改造で警察に通報してもいいよね。

 

 まあやめておこう。おかげでやつを殺せたんだから。

 そうだ、殺せたんだ。あっさりと。人の最期なんてそんなもんなんだろう。

 

 なーんて感慨かんがいにふける事も、涙を流して夕陽を見ながら天国に行った両親に育ててくれた感謝とかたきてた報告をすることもなく私たちは目の前でやつを取り逃す。

 

 あのクソ野郎サノバビッチ、ボートには乗らずに桟橋さんばしの下に隠れてやり過ごしたらしい。水のしたたる服を重そうにはためかせて、バイクで私の目の前を通り過ぎていった。

 私はダッシュボードに頭を預けたまま口汚くののしる。

 

「はっ!?なっWTF……くそ野郎アスホール……くそったれブルシット死にやがれフ**ク!」

 

「ちょっと!どうしたのよ!」

 

「あのクズが……今アンタの後ろを通ってったよ……」

 

「うそ……オー、マイ、ゴッド!」

 

 女も路地を駆け抜けていく騒音が誰のものか気づいたのか、頭を抱えて頭をシートにべったりと付ける。

 

 もう追いかける気力もなく二人して溜息を吐いたが、自然と笑いがこみ上げてきた。

 

 私が銃を持って戦って、殺されかけたのに助けられて人生で初めてアヴェンタドールに乗ってカーチェイスして、M2がモーターボートを撃沈する様を間近で見た。

 

 ちょぉっと濃すぎて笑えてる。夢でも見てるんじゃないのか?

 

「く、ふふ、あはは……」

 

「!?……なに笑ってるのよ!あなたこそ悔しくないの!?」

 

「あははは!だって!ハチャメチャすぎて!」

 

 私は涙で目を潤ませながら女に手を差し出す。

 

「もちろん悔しいよ。だけど生きてるんだから次がある。それに仲間も見つかったし……ね、私の名前はマリリン。あなたは?」

 

 女はしばらくポカンとしていたが、不意に口を閉じて端を上げると力強く握手してくれた。

 

「マリリン……私はプリンセス。よろしく」

 

 固い握手。そして、爆笑。

 

「ぷっ、ぷ……プリンセスぅ!?キラキラネームじゃん!アヴェンタぶっ飛ばすお姫様……お姫様www」

 

「マリリン!?マリリンモンローのマリリン!?胸も貧相ひんそうなアンタがあ!?マwリwリwンwww」

 

 こいつぶっ飛ばす。

 

 私とプリンセスは握手を解かず空いてる手で、車の中で叩き合う。無言で、平手で腕だの肩だのを。

 

 大体はどっちかのガードが固くて弾かれるんだけど。まあそれを見越した殴り合いだよね。

 

「あんただって……貧相なのは同じじゃないのよ……っ!」

 

「誰が……キラキラネームよ!余計なお世話よ……っ!」

 

 二、三十回叩き合った後は疲れて休憩。勝負は持ち越しになる。手も放してぐったりだ。

 

「はー、はー……今の絶対許さないから」

 

「ふー、ふー……こっちもよ……タッグ解消かいしょうね」

 

「オーケー、お互い関わらない。やつは個別に追いかける。いいね、そうしよう」

 

「ええ……ちょうど警察サツも来たし、良い所じゃない?」

 

 私は手をひらひらと振って車から降りようとしたけど、プリンセスの言うように近づいてくるサイレン音を聞いて思いとどまる。

 

「ちょっと。何また乗ってんのよ」

 

「……射撃手は必要でしょ、『お姫様』?」

 

 後ろに向かってHK416を構える私は得意げにコロッと舌を鳴らす。プリンセスは片眉を上げたまま、「はん?」と微妙びみょう相槌あいづちを打ってきた。

 

 「それにアンタが何者か聞いてないし」

 

ここでダメ押し。これは効いたみたいで、プリンセスは鼻を鳴らすとハンドルを握りしめる。

 

 「……オーケー、『モンロー』、貸し一つね」

 

「分かった。あとモンローはやめて」

 

「……」

 

「ちょっと!?」

 

 私はこれからこいつにモンロー呼びされるのかと、若干憂鬱ゆううつになりながら吹き飛び始める景色に目をくらませる。

 

 私と彼女。二人の復讐劇ふくしゅうげきが始まった。

 


 

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