2025/01/23
アサルトライフルって意外と歴史があるのね。すべてはここから始まった。
この1挺は戦うために作られてきた本物の銃だ。
数奇な運命に導かれ、今はこの日本という平和な地で静かに眠っている。
発射機構を排除され魂を抜かれても、その銃の魅力が廃れることはない。
時代と共に歩んだ歴史を、培われた技術体系を銃はその身を持って示してくれる。
その姿は銃に魅了された我々に新たなる知見をもたらすことだろう。
さあ、今回も無可動実銃のことを語ろう……。
アサルトライフルの元祖
20世紀は戦争が勃発するたびに新たな兵器が誕生した時代であった。兵士が携行する小銃もボルトアクションライフルからアサルトライフルに移り、その原型となったモデルは複数存在するが、初めてアサルトライフルの名称を与えるに相応しい特徴を備えたモデルがMP44である。

第一次世界大戦でサブマシンガンを生みだしたヒューゴ・シュマイザーが第二次世界大戦ではサブマシンガンやボルトアクションライフルは時代遅れになると悟り、小銃弾と拳銃弾の中間の性能を持つインターミディエイトカートリッジ(中間弾)を使用し、セミ・フル切り替え可能な今までにないカテゴリーの銃器を開発した。

MP44は主に東部戦線に送られ有用性が実証されたが、ドイツを救うことはできなかった。敵対国であったソ連は戦後、MP44を評価し新たな中間弾の採用に踏み切り、AK47という傑作を誕生させている。また東ドイツ、チェコスロバキア、エジプトなどは戦後も使用を続け、カートリッジはFN FALの最初期試作型のような諸外国での試作小銃にも使用された。MP44は時代を先取りした歴史上初のアサルトライフルであった。
- 全長:932mm
- 口径:7.92mm×33
- 装弾数:30発
- 価格:¥605,000
- 商品番号:【9083】
ドラマチックな誕生
MP44が誕生した時、これが将来の銃器と戦術に大きな影響を与えるとは想像できなかったであろう。ドイツが中間弾の開発を検討したのはほとんどの銃撃戦が400m以内で起きていることが判明したためである。中間弾の開発が最大のネックであったが、既存のモーゼル弾を短縮することで解決しようとしたものの、戦時中に余計な混乱を招くとしてドイツ軍の上層部から新型銃の開発が拒否されてしまった。

そのため、新型銃はStG(シュトゥルムゲベール=突撃銃)ではなくサブマシンガンとカモフラージュして開発されたため、完成時にはサブマシンガンのカテゴリー名であるMP(マシーネンピストーレ)が付けられた。前線での高評価を受け反対派も了承し晴れてMP44は採用されるに至ったが、この頃には戦局は悪化し士気を鼓舞するため、MP44は突撃銃を意味するStGへと名称のみ変更された。この突撃銃の名称がのちにアサルトライフルとなり、MP44のスペックがアサルトライフルの基準ともなっている。

大量生産を前提としていたため部品の大多数が生産効率の良いプレス製だったが、トリガーなどを固定するピンはすべてリベットで固定されているため、分解や修理はできない。もし修理が必要な場合は、トリガーユニットごと交換しなければならない。それでもモーゼルKar98Kよりはるかに効率が良く強力な兵器であった。

着脱式マガジンは弾の装填やマガジン交換が素早く行なえて、セミ・フルの切り替えが可能であった。しかし当時の軍からの公式指令では、ドイツ国防軍部隊はセミオートのみ使用するよう命じられ、緊急時のみ2発から3発のバースト射撃が許可されていた。

当初の目論見どおりボルトアクションライフルに比べてファイアパワーは大幅に増加したが、戦争の終盤に登場したために戦局を好転させるほどの効果は得られなかった。敗戦とともにMP44の製造は終了したが、その功績は大きくヨーロッパを中心に新たな歩兵用小銃開発の指針となったのである。
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TEXT:IRON SIGHT
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この記事は月刊アームズマガジン2025年2月号に掲載されたものです。
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