2019/03/19
第1師団 師団訓練検閲 - OPRATION RISING DRAGON
部隊の戦闘力が試される2年に1度の大規模演習「橘の昇竜」作戦
昨年2018年12月、首都圏防衛を担う陸上自衛隊第1師団に属する第34普通科連隊は、第1高射特科大隊、第1通信大隊とともに師団訓練検閲を受けた。訓練検閲とは「師団の攻撃行動において各部隊の平素の練成の成果を評価するとともに、その進歩向上を促す」もの(同訓練検閲の統裁官訓示より引用)であり、師団が隷下部隊の戦闘部隊としての力量を計るべく、実戦的なシナリオのなかで部隊の能力を試すものだ。アームズマガジンではこの訓練の中核である第34普通科連隊にスポットを当て、大規模演習の様子をお伝えする。
■訓練開始式
訓練開始を前に隊員たちへ訓示する第34普通科連隊長、山之内竜二1等陸佐
指揮統制・隊員の錬度が試される
訓練検閲は12月2日から13日まで、おおよそ2週間弱の日程で実施された。検閲課目は「師団の攻撃における各部隊の行動」であり、首都圏(主に神奈川から静岡県東部にかけての地域)を舞台に、第1師団による大きな戦闘行動の枠組みのなかで受閲部隊(検閲を受ける部隊)は行動することになる。その内容は極めて実戦的なもので、作戦準備に始まり、出動整備、行進、集結、警戒部隊の駆逐から、最後は師団目標の攻撃と戦果拡張という一連の戦術行動が実施される。このなかで受閲部隊は「有機的な指揮幕僚活動(つまり適切な指揮を取れているか)」、「部隊の基本的行動および隊員の基礎動作(指揮下の部隊・隊員が任務を正しく遂行できているか)」について検閲される。
為すべきことを為せ
12月4日、訓練検閲に参加する第34普通科連隊員が板妻駐屯地の運動場に整列した。その数は884名。今回は、増強部隊として機甲、特科、施設を加えた諸職種連合部隊「増強34普通科連隊」として編成されている。彼らを前に山之内連隊長は「総力結集! 為すべきことを為せ!」と力強く訓示し、隊員の奮起を求めた。
日露戦争の軍神、橘周太中佐※ にゆかりの深い第34普通科連隊は「橘」の文字を部隊の象徴として以前より用いてきたが、今回の訓練検閲においても作戦名に、その1字を加えている。作戦名「橘の昇竜」である。
※橘周太中佐……日本陸軍歩兵34連隊第1大隊長として日露戦争で名誉の戦死を遂げる。以後、同連隊は「橘連隊」の名で呼ばれるようになり、その名は戦後の陸上自衛隊第34普通科連隊にも引き継がれた。
隊容検査。装備に不備がないか、持ち物は揃っているか、部隊長によるチェックを受ける。背嚢の中身は防水と整理のため種類別に小分けの防水袋に入れ、さらにビニール袋に入れて収納している。隊容検査では、これらをビニールシートの上に並べて確認する。右の写真は弾倉の確認。脱落防止のため1つ1つがパラコードでアーマーに繋がっている
第34普通科連隊
第34普通科連隊は、本部管理中隊、第1〜5中隊、重迫撃砲中隊の合計7個中隊で構成される。顔を迷彩色に塗り、小銃を手にした900名近い隊員が整列する姿は壮観の一言に尽きる。写真は中隊長を先頭に整列する本部管理中隊
ここ数年で、陸上自衛隊の装備も大きく印象を変えている。新型ボディーアーマー「防弾チョッキ3型」が支給されたことも大きいが、それにも増して個人や部隊レベルで官給品以外の民生品装備の使用が広まってきた。特にチェストリグは利便性が高く好まれているようである
第1高射特科大隊
第1高射特科大隊の訓練開始式の様子。こちらは本部管理中隊以下、93式近距離地対空誘導弾(近SAM)装備の第1中隊、81式短距離地対空誘導弾(短SAM)装 備の第2中隊の合計3個中隊であり、34連隊に比べれば小ぶりな式であったが、緊張感の高さに変わりはない。大隊長、久保2等陸佐からは、敵の空地に渡る攻撃から生き残り任務を完遂するため、武器装備の擬装を徹底するように指示がなされた
こちらでは女性自衛官の姿も少なくなかった。自衛隊において女性の役割が日に日に大きくなっていることを感じさせる。訓示ののち、大隊長は一人一人の中隊長に果たすべき任務・役割について問い、部隊としての意思統一を確認した
■機能別訓練
個々の技能を訓練
訓練開始式ののち、それぞれの職種や技能ごとに別れた機能別の訓練が行なわれた。広い運動場のあちこちで行なわれており、そのすべてを写真に収めることができなかったが、我々が見ただけでも、MINIMI機関銃や対戦車火器の射撃、捕虜の拘束、ガスマスク(防護マスク)の装着、第一線救護、障害物の啓開など、多様で実戦的な内容ばかりであった。
対戦車・対陣地火器の訓練の様子。こうした火器(01式軽対戦車誘導弾)は2名で運用する。紙で示された目標とその周辺風景を射手に伝える様子が興味深い
捕虜の拘束。2名で行ない、1人が捕虜を武装解除する間も、もう1名は警戒を怠らず、常に銃口を捕虜に向けている。後手に縛り上げ、捕虜の持ち物を確認する
装面点検。防護マスクを正しく、また8秒以内に装着できるか、訓練された。頭部から脇の下までを覆うもので、防護マスク装着後は、その上からアーマーやヘルメットを着用する
第一線救護の訓練。負傷した左脚に止血帯を装着する。血を模した赤い液体が緊張感を高める
障害物を啓開する。鉄条網を模した紐が張り巡らされた模擬障害物に爆薬が詰まった爆破筒を挿しこんで爆破する。爆破筒は1つ1.5mの筒で3本組み合わせて使用し、長さ4.5m、幅60cmほどの通路を開く。当然、こうした障害物は敵の火線と組み合わせて設置されているため、味方による援護が重要となる
■徒歩行進
17時間の徒歩移動
想定されたシナリオは、東京から神奈川を経て静岡県御殿場市にかけての地域での作戦行動となっており、増強34普通科連隊は都内の駐屯地を出発地点として敵部隊が展開する御殿場地区までの行程を移動、集結する。しかしながら、1,000名近い完全武装の部隊が実際に神奈川を横断するわけではなく、徒歩行進は富士演習場の外周を利用して行なわれた。距離にして39.1km、5日13時に出発し、翌朝6時まで17時間の行程だ。
徒歩行進では銃やリグ、背嚢は携行するが、ボディアーマーは負担となるため着用しない。部隊単位でまとめて車輌で運ばれる。また、各中隊とも先行班を先行させる。おおよそ5分程度先行した位置を進み、SPやPPまでの時間を計測するのだという
表情に疲労がにじむMINIMI射手。89式より重量のあるMINIMIは、かなりの負担のはずだ
計画通りに移動する
行進は本部管理中隊に属する情報小隊が先行して偵察を行い、前衛中隊(今回は第5中隊)の先行班、そして中隊主力が続く。「1230SP通過」――前衛中隊が連隊本部へSP(発進点)の通過時刻を知らせる。各部隊は経路上に設定されたPP(統制点)の通過を報告し、連隊本部は部隊の移動状況を把握する。行進は早くても遅くてもいけない。定められた時間通りに動くことが重要なのだ。「1300SP通過」――連隊主力が、予定通り13時に発進点を通過した。
部隊ごと休憩を取る。道から外れ、背の高い草に隠れての休憩だ。移動の速度は休憩時間で調整される。順調に進んでいれば休憩時間を長くとり、遅れが出ているなら休憩を短くする。地図を確認しつつ休憩時間を計算する
FEBAと接触
御殿場地区まで前進した増強34普通科連隊を含む第1師団はFEBA(敵の最前線)に接触した。師団は攻撃準備に入り、34連隊もまた師団予備隊として攻撃に備えた。連隊はまた、情報小隊(いわゆる偵察部隊)をFEBAより奥に送り出して情報収集を行なったのだが、今回はこの過程で情報小隊が敵のパトロール隊と交戦、負傷者が発生したという想定だ。
ヘルメットに赤いラインを入れた対抗部隊が情報小隊を追う
緊急後送
今回の訓練では対抗部隊(敵部隊)として第32普通科連隊ほか、いくつかの部隊が参加している。ヘルメットに赤いラインを入れているのが、その対抗部隊だ。敵パトロール隊が情報小隊を追撃する。少数の偵察部隊は基本的に交戦はせず、接敵した場合は急ぎ距離を取って脱出しなければならない。今回はその過程で負傷者が発生した。
対抗部隊との交戦で、1名が右大腿部に銃弾を受け大出血の状態にある。出血により意識を失いつつある負傷者に代わり、仲間が止血帯とエマージェンシーバンテージで救急処置を施す
が、根本的な外科治療が必要と判断されるため、ヘリによる緊急後送が要請された
負傷者に第一線でできる救急処置を施し、ヘリによるMEDEVACを要請する。FEBAより奥に入っているため、言うまでもなく敵地から脱出となり、ヘリにとってもリスクが大きい任務だ。降着地点を砲迫の支援で安全化し、素早く負傷者を回収してヘリは飛び去っていった。
次号、月刊アームズマガジン5月号の特集は「陸上自衛隊」
いよいよ終盤を迎える師団訓練検閲——連隊は師団目標である敵旅団本部への攻撃を開始。東富士演習場内の市街地訓練場を舞台に、激しい近接戦闘を演じる。さらに諸職種協同による戦闘能力の評価のため、機甲や砲迫を交えて実施された総合戦闘射撃など、「橘の昇竜」作戦後半の模様を次号掲載したい。
さらに今年初めに米国カリフォルニア州キャンプ・ペンデルトン海兵隊基地で行なわれた日米合同演習「アイアン・フィスト」より、新編されたばかりの水陸機動団の雄姿もレポート。ご期待ください。
Photo & Report:笹川英夫 Hideo Sasagawa
協力 : 陸上自衛隊
この記事は2019年4月号 P.82~91より抜粋・再編集したものです。