2021/03/23
【第2回】ソヴィエト連邦の超兵器「液体燃料と固体燃料」
ソヴィエト連邦の超兵器
大陸間弾道弾 第2回:「液体燃料と固体燃料」
冷戦時代、その軍事力で世界を震撼させたソヴィエト連邦。彼らの“切り札”というべき最強兵器『大陸間弾道弾』を、核物理学者 多田将氏が6回に分けて解説!
目次
液体燃料と酸化剤
本章を読むうえで必要な技術的な知識についても、簡単に説明しておきたい。まず、弾道弾を打ち上げる燃料について。大別すると「液体燃料」と「固体燃料」の2つに分けられる。
液体燃料は、自動車に入れるガソリンや航空燃料など、多くの人が“燃料”と聞いて連想するだろう、なじみ深いものである。実際、初期の弾道弾には燃料としてアルコールやケロシン(灯油やジェット燃料の主成分)が使われている。弾道弾が、私たちが利用する“乗り物”と大きく異なる点は、大気圏外を飛行することである。つまり空気(酸素)が無い場所で燃料を燃やすため、酸化剤も燃料と一緒に積んでいく必要がある。
酸化剤として最初に思いつくのは、まさに「酸素」であるが、これをそのまま搭載するには問題がある。酸素は常温で気体だからだ。気体のままでは積載スペースをとりすぎるし、ボンベのように高圧化して積むと耐圧壁が重くなり、これまた弾道弾には適さない。結局、液化して積むしかないが、酸素の沸点は マイナス183 ℃と極めて低温であるため、弾道弾のなかに長期間保存できず、発射直前に充填することになる。これは即応性が求められる弾道弾にとって致命的である。
前述の通り、弾道弾の到達時間は長射程の大陸間弾道弾でさえ30分程度なので、その運用には文字通り寸刻を争うからである。そのため、現在では酸素は使われていない(なお、寸刻を“争わない”宇宙開発用ロケットは今でも酸化剤に液体酸素を使うものが主流である)。
そこでタンク内で長期貯蔵可能な、常温で液体となる燃料と酸化剤が使われることになる。主流は、燃料に非対称ジメチルヒドラジン、酸化剤に四酸化二窒素を使うものだ。ただし、常温貯蔵可能と言っても、名前からして“ヤヴァイ”雰囲気が察せられるように、人体に有害であるだけでなく金属を腐食させてしまう(!)ので、タンク材料の選定が重要となってくる。さいわい、軽くて強度の高いアルミニウム合金の一部がこれらに耐性があるため使用されている。ロシア軍で現役の液体燃料式大陸間弾道弾は、燃料/酸化剤タンク(および弾道弾外皮)に、「АМг6」と呼ばれるアルミニウム・マグネシウム合金を使っている。
現在では液体燃料式でも、弾道弾は燃料と酸化剤を充填したまま配備されている。たとえばソヴィエト/ロシアの重大陸間弾道弾「R-36М2」の場合、発射指令を受けてから発射までに要する時間は、わずか62秒である。
固体燃料
しかし、それでも腐食性の危険な液体をずっと貯めたままにしておくのは、あまり良いことではなく、より安定した固体燃料式のほうが保管には有利である。なにせ(長射程の)弾道弾は、これまで一度も実戦使用されたことがなく、配備された状態で何十年間も待機するものだからである。本国から遠く離れた海のド真ん中で、ずっと潜んでいる潜水艦に搭載する弾道弾にいたってはなおさらだろう。
固体燃料には、燃料と酸化剤を固形にしたものか、あるいは酸化剤を必要としない(それ自体が酸化剤としての要素を含んでいる)火薬を使う。弾道弾に最初に使われたのは後者のほうだ。ニトロセルロースとニトログリセリンを混ぜたダブルベース(2種類の火薬を混ぜたもの)が使われた。
その後、前者に相当するコンポジット推進剤が開発された。「推進剤」とは、ここでは燃料と酸化剤の総称程度に考えてもらいたい。コンポジット推進剤は、まさに弾道弾用に開発されたものだ。一般的なものでは、燃料としてアルミニウム、酸化剤として過塩素酸アンモニウムが使われる。どちらも粉末状なので、バインダーと呼ばれる物質で固める。バインダーは燃料としても働く。当初は、バインダーにゴム系の物質が使われたが、そのうちダブルベース火薬をバインダーとして使うものが登場した。それ以外にもポリエチレングリコールなどさまざまな物質がバインダーとして使われるようになり、その配合は推進剤開発者の腕の見せどころと言える。近年の弾道弾では、これらに高性能爆薬であるHMX(シクロテトラメチレンテトラニトラミン)を混ぜ、一層の性能向上を図っている。たとえばアメリカの潜水艦発射式弾道弾であるUGM-133では、HMXが4割も含まれ、ほとんど爆薬のような推進剤となっている。
それぞれのメリットとデメリット
液体燃料式弾道弾では、燃料タンクと酸化剤タンクを分けて搭載し、それをポンプで吸い出し、燃焼室で混合して点火し、その燃焼ガスをノズルから噴出させて推力を得る。ポンプ、燃焼室、ノズルは一体となっており、これらをまとめて「ロケットエンジン」と呼ぶ。ポンプが吸い出す量を調整すると、推力も調整できるし、停止や再稼働も容易に行える。
固体燃料式弾道弾では、固体燃料が詰まった部分(これを「モーターケース」と呼ぶ)の下にノズルがついた構造となっており、これら全体で「ロケットモーター」と呼ぶ。モーターケース内部全体が燃焼室となり、その燃焼ガスがノズルから噴出する。ポンプなどが無いぶん、構造がシンプルで確実な動作が保証されるが、途中で燃焼を停止させたり再点火させたりすることはできない。
液体燃料と固体燃料のメリット/デメリットをまとめると――固体燃料は保管・貯蔵の面で優れているが、停止/再点火ができないので、それを前提によく考えて設計しなければならない。液体燃料は保管・貯蔵の面では見劣りするものの効率がよく、より高性能の弾道弾を作りやすい。固体燃料式では大きくても発射重量100t程度が限界だが、液体燃料式は最大で200tを超えるのものが実用化されている。
アメリカでは、地上発射式の弾道弾は早々に固体燃料式に絞られ、潜水艦発射式弾道弾は最初から固体燃料式しか運用していない。一方でソヴィエトでは双方の利点を活かして、大陸間弾道弾でも潜水艦発射式でも、液体燃料式と固体燃料式の両方を運用し、現在のロシアに引き継がれている。
解説:多田将
(※WEB掲載にあたって編集部で文章を改編・再構成しています)
イラスト:サンクマ
「ソヴィエト連邦の超兵器 戦略兵器編」
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本記事は、現在好評発売中の『ソヴィエト連邦の超兵器 戦略兵器編』より抜粋。独自の考え方に基づくソヴィエト連邦の兵器開発の流れを、豊富なイラストを添えてわかりやすく紹介している。『戦略兵器編』では、大陸間弾道弾に加え、海洋発射型弾道弾と搭載潜水艦、各種の水上艦艇や潜水艦などを解説している!