2025/11/26
【NEW】銃の名称と銃器関連用語に関する考察 Part 2

前回に続いて、私達が通常用いている銃の名称や関連用語についての考察をしてみたい。長期間使われてきたことで、すっかり定着している言葉でも、そのような状態に至るまで紆余曲折があったり、日本では当たり前のように使われている言葉でも、諸外国では全く通じない言葉があったりするのだ。
モーゼルミリタリー
Mauserを“モーゼル”と表記するのは、前回に解説させて頂いた“舞台ドイツ語”に基づくものだ。“r”を母音化させないため、“モーゼル”、または“マウゼル”となったのだが、ドイツ語でも英語でも、これは通常、“マウザー”、または“マゥザー”と発音する。ちなみにモーゼルワインのMoselは栽培地の地名で、こちらは“モーゼル”と読むのが正しい。
Mauserをどう読むかはともかく、ちょっと気になるのは“ミリタリー”の部分だ。マウザーでは19世紀末に社内エンジニアであるFeederle(フィードリ)三兄弟がセミオートマチックピストルの開発を進めていた。当時のマウザーは、ボルヒャルドピストルC93を開発したルゥドゥィック・ロゥーベの傘下にあり、マウザーがピストルを開発すると競合してしまうことになる。そこで経営者のPaul Mauser(パウル・マウザー)はフィードリ三兄弟の開発をやめさせようとしたのだが、彼らはそれに従わず、大型ピストルを完成させた。
この時、マウザー社内ではどう考えたのかは全く不明だが、マウザーはこれを製品化させた。ある意味、腹をくくったのかもしれない。
この時点でこの新型ピストルには明確な製品名はなく、マウザー社内ではこの製品を単に“Militär Pistole”(ミリテアピストーレ)と呼称していた。民間市場で販売することより、軍用として売り込み、ドイツ帝国のReichs Revolver(ライヒスリボルバー)の後継モデルとして採用されることを目指したからだ。
1896年6月から8月に掛けて、マウザーはドイツ帝国軍(Deutsches heer:ドイチュヘーア)の上層部に向けて営業を掛けた。ドイツ帝国皇帝であるヴィルヘルム2世もこの新型ピストルを試射している。
この時期にConstruktion 96(コンストラクション96:C96)という呼称が与えられた。ここでいう“Construktion”は、英語では"construction" あるいは"design"を意味するため、C96は“96型”ということになる。以後、モデル1930が登場するまで、この銃は何度も仕様変更がおこなったが、ずっとC96と呼ばれ続けた。
というわけでこの銃をMauser Militaryと呼ぶのは何も間違ってはいない。しかし、C96という呼称ができた以降はC96と呼ぶべきではないかと思う(そういう自分も、長い間、この銃をマウザーミリタリーと呼んでいたのだが)。実際に日本ではこの銃をモーゼルミリタリーと呼ぶ人は多いだろう。
しかし、Mauser MilitaryでWeb検索を掛けると、C96が出てくるのは日本語のサイトだけで、外国語のサイトに限っていえば、ほぼ98kやGew98などのマウザーボルトアクションライフルについてのページがヒットする。ということは、諸外国ではC96をMauser Militaryと呼ぶ習慣はほとんど無いのではないだろうか。
実際、C96がドイツ軍に使用された事例は無いわけではない。第一次大戦中にP.08の不足を補う目的でC96の9mm仕様が採用されたりもしているため、ミリタリーピストルとしての実績はある。それでもこの銃をMauser Militaryと呼称するのは無理があるように感じるのだ。
トーラスかタウルスか
ブラジル最大手の銃器メーカーTaurusは、かつて我が国では“タウルス”と表記されていた。しかし、1970年代の後半、旧Gun誌に海外レポーターが複数人登場するようになり、彼らは日常的な呼称を用いて、この銃を“トーラス”と表記した。もし、その時点でTaurusがもっと大きく、多くの日本人によく知られているメーカーであったなら、当時の国際出版編集部は「いやいや、○〇さん、この銃は日本ではタウルスって呼ばれているのですよ。ですからタウルスで行きましょう」といって原稿に赤を入れた可能性は高い。しかし、その当時のTaurusはまだ弱小メーカーでしかなかったため、トーラスと表記しても影響は少ないと判断されたのだろう。
しかし、ヨーロッパを拠点として活動していた床井さんは「Taurusはブラジルのメーカーで、この国の公用語はポルトガル語なのだから、これは“タウルス”と表記するのが正しい」と言い、従来通り、タウルスを使い続けた。旧Gun誌ライターではくろがね ゆうさんもタウルス派であり、このお二人はGun Professionalsになってもこの表記を使い続けた。
この事についてかなり以前に床井さんと話したことがある。床井さんは原音主義を採り、できる限り、現地での呼称を用いるのが正解だと言いつつ、現実にはそれが無理な場合も多いとおっしゃっておられた。実際、日本人には発音が困難な言語がたくさんあり、カタカナ表記も無理な場合も多々ある。ごく身近な事例としては、McDonald’sがある。いわゆるマクドナルドだが、この英語をより正確にカタカナ表記しようとすると“ムクダァナルズ”となってしまい、読みにくいし、書きにくい。カタカナ表記には限界があるのだ。
どうであれ、Taurusは“トーラス”と“タウルス”の2つの表記方法が併用され、現在に至っている。Taurusは確かにブラジル発祥のメーカーであり、その正式名はTaurus Armas S.A.で、本拠はブラジル リオグランデ・ド・スル州のサン・レオポルドにある。製造拠点はブラジルの他、アメリカにもあり、ブラジルで製造される銃器も約85%はアメリカに輸出されている。すなわちTaurus最大の市場はアメリカなのだ。こうなってくると果たして、Taurusがブラジルのメーカーなのだからポルトガル語でその社名を呼称するのが正解なのか?とも思えてくる。そのため自分は“トーラス”と呼ぶようになった。
その他のメーカー名
Taurusはトーラスと表記したアメリカ在住のライターさん達も、さすがにBerettaについては、ベレダとは書かなかった。アメリカ英語だとBerettaはベレダ、またはベレタと発音する場合が多い。イタリア語ではベレッタだ。これはTaurusとは違い、ベレッタがすでに良く知られたメーカ―であったからだろう。Waltherをヴァルターと書かないのも同じ理由だ。
銃器メーカーの名称をどう表記するかは、やはりケースバイケースとなる。
Browningをブラウニングと表記してきたのは、ライターさんの意向ではなく、編集者である自分の判断だ。ブローニングは日本でしっかりと定着したメーカー名だが、自分としては、ブラウニングの表記を少しでも広めたかった。
John Moses Browningはアメリカ人であり、英語での発音はブラウニングの方が近い。日本でブローニングの名前が知られるようになったのは、第一次大戦より前であり、当時モデル1910やモデル1906に人気が集まった。ショットガンのオート5も輸入されており、これらはベルギーのFNから輸入されていたため、フランス語での発音から“ブローニング”として伝わったのだろう。もちろんそれでも良いのだが、自分としては英語での発音にこだわりたかったのだ。
パトリッジサイトとスティップリング
銃メーカーや製品の名称だけでなく、銃器関連の名称や呼称について間違ったものが定着している事例もある。
パトリッジサイトとは、1898年にアメリカのピストル射撃選手であったEugene E. Patridge(ユージン・E・パトリッジ)がデザインしたアイアンサイトで、フラットトップのスクエアフロントサイトと四角いレクタングラーノッチ(スクエアノッチ)リアサイトを組みあわえたものだ。
四角いノッチのリアサイトから見えるフロントサイトは完全な四角形であり、これを組み合わせた時、リアサイトのノッチ部分の左右にできる隙間が均等になり、かつリアサイトの上面とフロントサイトの上面が完全に直線で結ばれたとき、正確な照準ができている。このサイトができるまで、19世紀のリアサイトはVノッチか、Uノッチ、またはピープであった。
このサイトの名前はデザインしたEugene E. Patridgeにちなんで、パトリッジサイトという。この姓名はけっこう珍しいもので、よく似た姓名にPartridgeがある。Rが入っただけの違いだが、partridgeだと読み方はパートリッジになる。こちらは比較的メジャーな姓名だ。その結果、このサイトが日本に紹介された時、誰かが読み間違えて、パートリッジとしたらしい。その結果、このサイトの名前はパートリッジサイトとして定着してしまった。
パトリッジサイトであると正しく認識している人は多いのか少ないのかわからないので、試しにGoogleで“パトリッジサイト”と検索すると、トップに出てきたのが“パートリッジサイト”と表記したもので、最初の10件中、8件がパートリッジサイトとしており、1件は全く関係がなく、正しくパトリッジとカタカナ表記しているのは1件だけだった。とにかく日本人のほとんどが、あれをパートリッジサイトというものだと思っているようだ。
“上面が斜めに傾斜したパートリッジフロントサイト”という記述を以前見たことがあるが、上面はフラット、もしくな極緩やか傾斜でなければそれは、パトリッジフロントサイトはではない。
スティプリング加工も間違った名称で広まっている。Stipplingとは、美術において、小さな点を用いて様々な濃淡の模様を描く技法で、版画や絵画に用いられる。その一方で、銃の分野では、グリップ部やフレームの表面に不規則な模様を描き、その部分を握る手や指が滑らないようにする加工を指す。この模様に規則性があり、網目状の場合、それはCheckeringとなる。
Stipplingの読み方は“スティップリング”だ。ところが誰が間違ったのか、これを“ステップリング”として日本に紹介、そのまま定着してしまった。この加工をおこなうことをステッピング加工、それをおこなうための道具をステッピングツールとして、そのやり方を紹介したり、道具を販売したりするサイトがいくつもある。正しくはスティップリング、スティップリング加工、スティップリングツールだ。“ステッピング”だと“歩く”の進行形で全く意味が違ってくる。また断続的に回転するステッピングモーターというものが存在するため、言葉の響きが馴染みやすかったからなのか、ステッピング加工という間違った言葉が一人歩きしてしまったようだ。正しくは“スティップリング”だと認識して頂きたい。
パートリッジサイトやステップリングは、英語を間違って読み、それが定着してしまった例だが、自分も偉そうなことは言えない。
恥ずかしながら、自分自身も間違って読み、その間違った読み方をずっと紹介し続けてきたものが少なくとも2つある。
ひとつはアンビデクストラス。Ambidextrous(両手利きを意味する形容詞)を自分はアンビデクストラウスと間違って読み、ずっとそのようにカタカナ表記してきた。正しくはアンビデクストラスだと気付いたのはごく最近のことだ。
もう一つ、第二次大戦後にS&Wの社長に就任し、倒産寸前の状態から会社を立て直した人物であるCarl R. Hellstrom(1895-1963)の名前を間違って覚えてしまい、その名前を何度も記事の中で言及している。ずっとHellstorm(ヘルストーム)だと思い込んでいた。しかし、実際はHellstrom(ヘルストロム)だった。rとoを入れ替えて読んだのだ。いったい何度ヘルストームと書いてきたことか!全く恥ずかしいったら、ありゃしない。
プロップアップロック
これは間違いではないが、ちょっと微妙な要素がある銃器用語として、プロップアップロッキングシステムがある。ワルサーP38やベレッタ90系のロッキングシステムとして広く知られているもので、バレルの下部にロッキングブロックがあり、これが閉鎖時には持ち上がって、スライドのロッキングリセスに噛み合い、バレルとスライドがロックされた状態になる。撃発が起こるとバレルとスライドが一緒に後退、そしてロッキングブロックオペレーティングピンによってロッキングブロックが下降すると、バレルとスライドの結合が解かれ、スライドのみが後退するというものだ。
これがかなり昔からプロップアップロックシステムとして、旧Gun誌などで紹介されてきたことから、日本ではこの名称で広く知られている。
しかし、これまでにP38やベレッタ90系の書籍(洋書)をいくつか読んだが、そこにはProp Up Lockという言葉は全く載っていない。またGoogleやYahoo.comで検索しても全くヒットしない。もちろん、カタカナで検索するとたくさん該当する。そこから推測されたのは、このプロップアップというのは和製英語であって、諸外国ではそんな言葉は使っていないということだ。
そこで自分はTurkさんに聞いてみた。“Prop Up Lockという言葉は、日本独自のものなのですか”と。しかしTurkさんからは、ご自身の周りのガンスミスや銃器関係者は、みんなあのシステムをProp Up Lockと呼んでいるという趣旨のお返事を頂いた。
ここから推測できることは、Turkさんとつながりのある人達の間では、この言葉は使われているものの、それ以外の世界では全く使われいないということだ。いわば、あるコミュニティだけで通じる単語だ。世の中にはそういう言葉はある。Prop Up Lockで検索しても、銃関係のサイトには全く繋がらないことから、そう捉えざるを得ない。
しかし、旧Gun誌で散々使われてきたため、日本では広く認識、定着している。日本語版Wikipediaのショートリコイルの項にもプロップアップロックは紹介されている。もちろん英語版にはない。
あるいは昔はProp Up Lockingという言葉が使われていたが、だいぶ前から使われなくなってしまったため、ネットにはそういう言葉が出てこない、という可能性もないわけではない。
ではあのロッキングメカニズムは英語で何と呼ぶのかといえば、それはFalling Block Locking(フォーリングブロックロッキング)だろう。読んで字の如し、これは的確な名称だと思う。“Prop up”は“支える”、“支持する”、“テコ入れする”という意味があり、あのロッキングシステムを表す要素が見当たらない。その意味でもあれは“フォーリングブロックロッキング”と呼び方の方が妥当だと感じる。
まだまだ書きたいことがいろいろありますが、ここまでで約6,000文字となりました。今回はここまでとさせていただきます。この続きはPart 3に書かせて頂く予定です。
Text by Satoshi Matsuo
Gun Pro Web 2026年1月号
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