2026/01/09
マルシン S&W M39【Vintage Model-gun Collection 34】

Gun Professionals 2015年1月号に掲載

MGCの「ニューモデル5」と、マルシンの「NEWモデル6機種」。デトネーター方式とPFC方式。MGキャップとパワーキャップ。ストレートBLKと疑似ショートリコイルBLK。2社が熾烈なライバル競争を開始したのが1980(昭和55)年だ。特にこのM39は発売時期もほぼ同じで、人気を二分した象徴的モデルだった。

諸元
メーカー:マルシン工業
名称:SMITH & WESSON M39
主 材 質:耐衝撃性ABS樹脂
発火機構:前撃針/ファイアリングブロック
撃発機構:シングル/ダブルアクション、ハンマー
作動方式:PFC方式ブローバック(ショートリコイル)
カートリッジ:クローズドタイプ
使用火薬:7mmキャップ火薬(初期は平玉紙火薬にも対応)
全長:194mm
銃身長:102mm
重量:458g
口径:9mm
装弾数:8発
発売年:1980年(昭和55年)
発売当時価格:¥9,500-(カートリッジ8発付き、スタンダード)
オプション:木製グリップ¥3,000-
バリエーション:M39メタルフィニッシュ/ニッケルフィニッシュ/ヘヴィーウェイト、M439/シューティング・ディバイス
※smG規格合格品以外は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2025年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー・イエロー等を吹きつけるなどの処置が必要です。
※全長や重量のデータはメーカー発表によるもので、実測値ではではありません。また価格は発売当時のものです。
1980(昭和55)年、MGCは恒例だったゴールデンウィークのモデルガンショー会場で、1980年から1981年にかけて発売される新製品「ニューモデル5」を発表した。それは翌月発売の専門誌の広告でも大々的に発表された。
その5機種とは、「S&W M-39」「イングラムM-11」「レミントンM-31ショットガン」「ニューガバメント」「ワルサーP-5」だ。
当時MGCは1979(昭和54)年の年初めにMGキャップを発売、11月にはS&W M-59が超大ヒットとなり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。キャップ火薬とデトネーター方式ブローバックのコンビは絶頂を極め、どんなモデルを発売しても大ヒットになるような雰囲気があった。たぶんMGCもそんな自信を持っていたのではないだろうか。それでMGCは他社を牽制する意味もあって、今後2年間に発売するモデルを発表したと。
これに対抗するように、マルシンはMGCの発表翌月にすぐ「NEWモデル6機種」を発表した。プラスチック製のワルサーP.38で新しいブローバック方式のPFCをほぼ完成させ、MGCに追いつけ追い越せで、全社一丸となって燃えていたという。
その6機種として専門誌の広告に掲載されていたモデルは、「ニューワルサーP.38」「ベレッタM84」「ブローニング140DA」「コルトM177Eコマンド(金属)」「S&W M39」「コルト・ウッズマン(金属)」「44オートマグ(金属)」の7挺。どれが対象の6機種なのかわからず、仲間内でいろいろと議論になったものだ。
結果的にM84のバリエーションである140DAは発売されなかった。MGCもワルサーP-5を発売しなかったし、同時期に2機種を発表していたウェスタンアームズ(WA)も1機種(チーフスペシャル)は発売しなかった。これは、おそらくCMCが1981(昭和56)年にプラスチックのチーフスペシャルを発売したのと関係しているのだろう。CMC製品の原型はほとんど六人部登さんが作っていた。六人部さんとWAの関係は深い。
当時はバブル期に入る直前で、状況は日々目まぐるしく変わっていた。2年の間でも実銃のニューモデルは発売されるし、人気モデルも変わる。結局MGCは1982(昭和57)年になって、予告していなかったVP-70を発売し、そのあとプラスチック製のショートリコイル版ニューガバメントを発売する。
マルシンはというと、まずプラスチック製のショートリコイル版ニューワルサーP.38を発売。そしてM39、XM177E2 / M655を発売すると、WAのワルサーPPK/Sに対抗するPPK/Sとプラスチック製MP40を発売してから、M84を発売。さらにコクサイのFN M1910(アメリカ版)に対抗するFN M1910(ヨーロッパ版)とコルト ポケット25に対抗するコルト25オートを発売する(ハドソンも.25口径のブローニングベビーを発売したが)……と、かなりアグレッシヴな製品展開を仕掛けた。
その最初がM39だったわけだ。確かMGCが1980年10月末くらいに発売し、マルシンが1カ月遅れの11月末くらいに発売したのではなかったかと思う。ファンの間ではマルシンが真似をしたのではないかという噂も流れたが、MGCの発表を見てから取材や設計を始めたのでは、とても1カ月差で発売するのは無理だ。ほぼ同じくらいにスタートしていなければならない。
どうやら、マルシンにM39の製品化を強く勧めたのはPFCの開発などでマルシンとも深く関わっていた六人部さんだったらしい。当時MGCの設計部長だった小林太三さんとも付き合いがあって、MGCがM39を作るという情報を得ていた可能性はある。六人部さんは1979年に御子柴一郎さんがハドソンでトンプソンM1A1を作った時も、CMCに勧めてトンプソンM1を作らせている。ライバル意識の強い方だったのかもしれない。
それでマルシンはM39の製品化を決定し、ベテランの設計者と、銃に詳しい新人の設計者の二人をアメリカへ取材に行かせた。取材したのはM39-2で、MGCもそうだったようだが、マルシンはフレームにMODEL39-2と刻印していた。
マルシンの特徴はもちろんPFC方式ブローバックにあった。このシステムは大きなパワーを生み出すことができたので、ファンの目からも何にでも応用できそうに見えた。そして設計は、実銃のメカニズムを基本にちょっとアレンジした、MGCとCMCの中間のようなスタンスだった気がする。だから疑似ショートリコイルを備え、マガジンセフティも再現されていた。
重い反動があって何発でも続けて撃てるPFC方式と、軽快でガス抜けがよく音も大きいデトネーター方式は、それぞれファンがいた。
そして、疑似ショートリコイルはリアルで良いという人と、バレルが動くためそれが原因でジャムになることがあることと、結局バレル位置もストレートと同じくらい低いのならないほうが良いという人で意見は分かれた。
さらにマガジンセフティもモデルガンファンの間で賛否両論あり、実銃も備えているのだから当然だという人と、マガジンを抜くとハンマーが落とせなくなるのはやっかいだという人もいた。マガジンも、抜けは良い分、ロックされにくかった。
そんなわけでマルシンのM39はMGCのM-39と人気を二分した。
発火と耐久テストはPFCのシステム開発に携わった六人部さんに依頼されたという。そして六人部さんのOKを得て発売されたらしい。
また力を入れた商品だということをアピールするため、ハイパワーに引き続き、六人部さんを通じて床井雅美さんに実銃のS&W社のオートマチックシリーズを解説する小冊子が依頼されたそうだ。これは450円で別売されたが、最初は製品に付いていたのではなかっただろうか。
バリエーションとしてM39の後継モデル、1980年(1979年とも1981年とも。マルシンの広告では1980年9月に発売されたと表記)に製造が始まったばかりのM439も1981年に発売された。これはリアサイトの部分を六人部さんが床井さんの資料提供により原型を作って持ってきてお勧めしたらしい。
さらにM52も予定されており、床井さんが執筆した小冊子に12,000円と値段までつけて写真入りで紹介されていたが、結局、発売されなかった。ボクはてっきり発売されたものと思っていたのだが、実際には六人部さんがプラスチックを削って作ったスライドの試作品を組み合わせてカタログ用に撮影しただけだという。しばらく上野のニューレプリカに展示されていたそうだ。
仕上げは、プラスチックの地肌のままのスタンダードと、銀色のニッケルフィニッシュ、当時人気だったメタルフィニッシュが作られた。そして組み立てキットが発売され、最後にヘヴィーウェイト樹脂製も作られた。
後期になって人気機種が次々とセンター・ファイアー化される中、とうとうM39はセンター化されることはなかった。しかし、リアルなメカとPFC方式による快調作動は名銃と呼ぶにふさわしいモデルだった。
●Vintage Model-gunとは
本コーナーにおけるヴィンテージ・モデルガンは、原則的に発売されてから20年以上経過した物を対象としています。つまり2014年時点では1994年以前に発売されたモデルガンということになります。
Text & Photos by くろがね ゆう
協力:池谷立美
撮影協力: 酒井 恒、GADGET
モデルガンショップアンクル
Gun Professionals 2015年1月号に掲載
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