2025/12/22
WA ベレッタ M-1934【ビンテージモデルガンコレクション31】

Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年10月号に掲載
WAは、1980年にカスタムモデルではない自社設計の樹脂製オートマチック量産モデルガンの第1号として、ベレッタM-1934を選んだ。MGCと技術提携したデトネーター方式のキャップBLKは快調で、初回ロットはすぐに売り切れとなる大人気モデルとなった。


諸元
メーカー:ウェスタンアームズ
名称:ベレッタM-1934
主材質:耐衝撃性ABS樹脂
発火機構:ファイアリングブロック
撃発機構:シングルアクションハンマー
作動方式:デトネーター方式ブローバック
カートリッジ:オープン、インナータイプ
全長:150mm
重量:400g
口径:9mmショート
装弾数:7+1発
発売年:1980(昭和55)年
発売当時価格:¥8,500、サテンフィニッシュ・カスタム¥18,000(各カートリッ
ジ7発付き)
オプション:木製グリップ ¥2,500、サイレンサー ¥800、サイレンサー口金 ¥200、カートリッジ7発 ¥700
※ smG規格(1977年)以前の模擬銃器(金属製モデルガン)は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2025年現在)
※ 1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアー, イエロー等を吹きつけるなどの処置が必要です。
※全長や重量のデータはメーカー発表によるものです。また価格は発売当時のものです。
ベレッタ モデル1934は、たぶん最も日本人受けするイタリアンデザインの名銃だ。モデルをMと省略してM1934と表記することが多い。ただ、ウエスタンアームズ(WA)はM-1934とハイフンを入れていた。これはMGCが伝統的にハイフンを入れて表記していたから、それに準じたということらしい。なぜかというと……。
WAは、1977年(昭和52年)の第二次モデルガン法規制後、プラスチック製モデルガンのノウハウとデトネーター方式ブローバックの特許を持つMGCと、技術提携を結んでいる。そしてMGC製プラスチック ガバメントをベースに機械加工をメインとしたカスタムのGMコンバットカスタムを開発した。また亜鉛合金製量産モデルガンの限界に挑んだ高精度なニューモデル スーパーブラックホークを完成させている。さらに六研が開発したプラスチック製SAAの金型を買い取り、改良を加えて発売するなどして、次々に量産の技術と製造のノウハウを習得して行った。
1979(昭和54)年、WAは次期新製品を提携先のMGCと相談し、プラスチック製の量産ブローバックハンドガンを作ることにした。それがベレッタM-1934だった。
この銃は金属製モデルガン全盛期の1967(昭和41)年にMGCが発売し大ヒットさせている。そして、それを受けCMCもすぐモデルガン化するほどの人気だった。さらには1971年(昭和46年)にMGC最初の量産金属製ブローバックハンドガンにもなって、再び大ヒットするという輝かしい歴史を持つ。
しかも、1977年の第二次モデルガン法規制によりベレッタM-1934は日本国内では販売できなくなっていたものの、輸出用としては作り続けられていた。そのためマガジン、グリップ、ハンマーなどの小物部品をMGCから売ってもらうことが可能だったという。
量産プラスチック製ブローバックモデルガンの設計・製造にまだ経験が浅かったWAでは、予算を節約し、リスクを下げる意味からもこれは歓迎すべきことだった。新たに設計・製造しなければならない部分を少なくすることができる。
そして、ベレッタの経験を元に、翌1981(昭和56)年には完全オリジナル設計となるプラスチック製のワルサーPPK/Sブローバックを完成、発売している。
基本設計を担当したのは、国本圭一社長。もともとベレッタのデザインが好きだったそうだが、モデル化にあたっては背景で冷静な分析もあった。大ヒットモデルであるのはもちろん、ライバルとして作られたCMCのベレッタはMGCほどの大ヒットにはなっていなかった。なぜなのか。
発売当時はどちらも手動のスタンダードモデルだった。違いはほとんどない。ただCMCのものは六人部登さんが原形を作っており、かなり実銃に忠実なモデルだったという。一方、MGCの小林太三さんが設計したベレッタは、実銃を取材してはいたものの、R(丸み)の処理が微妙に違っていた。しかも、グリップ下部がわずかに下ぶくれになっているという。すると見た目、スライドに対してフレームの方が大きくどっしりして見え、安定感があった。それが日本人の感性にピタリと合ったのではないか。国本さんはそう分析した。
ハドソンのM1934はほとんどMGCをフルコピーしたもので、その結果、お手ごろ価格となっていたこともあって受けた。
そこで、国本さんはMGCのグリップをそのまま流用することもあり、シルエットの美しさを参考にすることにした。つまり大ヒットした金属モデルのブローバックをそのままプラスチックにしたようなイメージだ。だからオリジナル版に敬意を表して、あえてMGC式の表記であるM-1934とハイフンを入れたらしい。
とはいえWAとして直したいところもあった。たとえば、トリガーバーのディスコネクターに相当する部分が入るスライドの切り欠きや、セフティキャッチをスライドストッパーとして使うときに入るスライドのノッチが完全に抜かれていたのを、実銃と同様に薄い壁をつけて向こうが見えないようにした。
さらに、プラスチックの強度不足と重量感のなさを補うため、金属製のシャーシーを組み合わせる必要があった。国本さんは大阪出張の帰路、新幹線の食堂車でワインを飲みながら東京までの3時間10分ほどの間考え続けて、画期的な方法を思いついた。トリガーなどがあるフレーム前半をプラスチックで、ハンマーなどを収めた後半を金属で作り、パチンと組み合わせるという方式だ。大胆な発想だが、必要以上の強度はなく、材質の違いはあまり目立たず、握ってしまえばほとんどわからない。それでいて金属の手ざわりがあり、ずっしりと重いという卓越したアイディア。
5mmキャップ火薬用のインナーを使ったオープン方式9mmショートカートリッジもWAオリジナル設計だ。このあとPPK/Sでも使われることになる。
ただ、1970年代から1980年代に掛けての技術レベルでは、成型後にできてしまうヒケを無くすことはできなかった。機械加工で作られたものを金型による量産で再現することの難しさを痛感させられたという。
金型製作も、最初は人間が工作機械で削っていたのが、放電加工に替わり、そして今やコンピューター加工になっている。実銃のフレームさえポリマー製が主流になり、金型で作られる時代だ。当然パーティングラインがあってもおかしくないし、わざわざ消す必要もない。そっくりに作ることができる。しかし当時はいまからは計り知れないほどの困難がたくさん存在した。
WAはもちろん、ほかのメーカーも、それらを1つ1つ乗り越え一作ごとにレベルを上げて行った。現在の視点から見れば昔のモデルは稚拙に感じられるかもしれないが、当時としてはトップ・レベルのものだったのだ。
発売は1979年12月20日と広告されていたが、今回直接、国本社長にお聞きして、1980年1月1日発売だったことがわかった。昔から年末年始はトイガン業界の書き入れ時。無休があたりまえだったので、実際に1月1日から販売したそうだ。そして早々に初回ロットが売り切れてしまったという。
1979年の時点で、プラスチックの中型オートマチックBLKモデルガンは、MGCのコルト32オートくらいしかなかった。特に手の小さい中高生くらいの若いファンには扱いやすいサイズで、価格も手ごろだった。またイタリアンデザインのM1934は美しいことでも人気があり、それが大ヒットにつながったともいわれている。
作動性能も良かった。快調に作動し、分解・手入れも簡単。ただ、初期モデルでは120発ほど撃つとバレルが割れることもあった。国本さんがMGCに相談すると、ABS樹脂よりもっと粘りのあるマルチロンという材料を勧められたという。これで割れにくくなった。
さらに、連射するとハンマースプリングが縮むときにたわんでシアーレバーを押してしまうことがあり、それが原因で自動的にハンマーが外れてフルオートになってしまうトラブルが起きた。これはシアーレバーに穴を開けてプリングが逃げるスペースを作ってやることで解決した。
かくして快調作動するプラスチック製の中型オートマチックBLKモデルガンが完成し、MGCの32オートに次ぐ人気を得た。そして、これに自信を得たWAはさらに中型オートマチックBLKのワルサーPPK/Sを発売する。これが23年後の2003年、ベレッタ社と正式契約を結び、実銃の図面提供を得て完璧版のベレッタM1934のガスブローバックを発売することにつながっていく。
しかし、完璧版のM1934が完成してもなおモデルガンのM-1934は魅力を失っていない。リアルさを超えた美しさと存在感。それはまさに名銃の証明だろう。
Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2014年10月号に掲載
※当サイトで掲示している情報、文章、及び画像等の著作権は、当社及び権利を持つ情報提供者に帰属します。無断転載・複製などは著作権法違反(複製権、公衆送信権の侵害)に当たり、法令により罰せられることがございます。


