2025/02/18
ベトナム戦争紀行 Part.2【M16 vs AK47 vs M14】【続 撃たずに語るな!】
続 撃たずに語るな!
ベトナム戦争紀行 Part.2
By Captain Nakai
Gun Professionals 2012年7月号に掲載
古都フエ
ハノイからベトナム中部の古都フエ(ベトナム発音:ユエ)までは、ベトナム航空で1時間ほどのフライトだった。国内線になると、乗客も大半はベトナム人なので、お馴染みである竹製の袈裟を被った人まで乗ってくるばかりか、竹篭にフルーツを満載して乗り込む乗客もいて、えらい庶民的な雰囲気に溢れていた…。
眼下には茶褐色の肥沃な河川に育まれた水田や畑が延々と見えたが、砂漠の街に住む自分には、実に緑が目に美しく映える。やがて南シナ海の海岸線に出ると、美しい白い砂浜も見えてきた。
ベトナムはインドシナ半島に沿って南北1,600kmに渡り、細長い形をしているが、フエは、そのほぼ真ん中に位置している。ここは10世紀頃から歴代のベトナム王朝が置かれた古都であり、1883年にフランスに占領された後も、1945年までベトナム最後の王朝であるグエン朝が置かれた場所である。現在も王宮や寺院等のフエ周辺の建造物群はユネスコの世界遺産として登録されている。
フエの50km北には、第一次インドシナ戦争後の1957年、ジュネーヴ協定により南北ベトナムを17度線で分断するためのDMZ(軍事境界線Demilitarized Zone )が設けられた場所がある。また、50km南には、ベトナム戦争当時、アメリカ海兵隊の一大拠点であったダ・ナン基地もあった。


フエの空港に到着すると、ホテルまではタクシーで30分ほどの距離であったが、街中の景色はハノイよりも庶民的な露天が並び、ローカル色に溢れていた。ホテルにチェックインすると、直ぐに軽装になり、蒸しかえる様なフエの街を、探索に出かけた。
ハノイと違い街自体は大きくないので、今回は自転車を借りてのんびりと観光することにしたのだ。これが結構、快適だった。特にベトナムの観光地では、人力車やバイク・タクシーの勧誘が煩く、これに一度声を掛けられると実に執拗で、ゆっくり観光も楽しめないことが多いが、自転車に乗っていれば、当然、声も掛からない。
唯、無法地帯に近い一般道を走るのに度胸を試されるが、しばらく走ると同じアジア人として、“微妙な間合い”が分かってくる。つまり、いくら交通量が多くても怖がらずに合流すれば相手がヒラリと避けてくれるのである。唯、この操縦法は、お世辞にも安全とは言い難いので、必ず自己責任でお試し願いたい…。




ベトナム戦争当時、南ベトナム軍事援助司令部(Military Assistance Command, Vietnam=MAVC)や海兵隊基地のあったフエの新市街は、今ではホテルや欧米人向けの店が立ち並び、古都とは思えない程、騒然としていた。
汗まみれになりながら自転車をこいでフオン(香)川を渡ると、堀に囲まれた巨大な城塞が見えた。城塞の門をくぐり、グエン王朝の宮殿を含む旧市街に入ると、美しい宮殿が見え、大きな木々も立ち並び、景色はガラリと変わる。王宮に隣接する住居区に自転車で入ると、昔ながらの生活風景が見えてきて、実に興味深かった。
自転車で進む自分に旧市街の住民達は、二コリと笑いながら“ハロー”と気軽に声を掛けてくれる。その人情や街の匂いは昭和40年代の日本を錯覚させる様に懐かしく、44年前のテト攻勢で米軍との3週間の死闘が繰り広げられた街とは信じられない…。映画、“ フルメタルジャケット”のクライマックスの市街戦の舞台も、このフエ旧市街であった。
実際、街中の古い壁や城壁には、今も多くの弾痕が残り、テト攻勢の戦闘の凄まじさを物語っていた
