2026/01/13
MGC コルト 32オート【Vintage Model-gun Collection No.35】

Text & Photos by くろがね ゆう
Gun Professionals 2015年2月号に掲載

MGCの32オートは、一般のおもちゃ屋さんでも広く販売され、手ごろな価格と快調作動で大ヒットとなった。そしていち早くキャップ火薬に対応し、MGC最後期まで販売が続けられた名銃だった。

中央:キャップ火薬用カートリッジの箱。カートリッジのシルエットの先の爆発が赤になっている。スリーブ箱。
右:CP方式カートリッジの箱もスリーブ箱で小林さんデザイン。味があるというか、実に魅力的だ。
諸元
メーカー:MGC
名称:32オート(オートマチック コルトピストル キャリバー.32)
主材質:耐衝撃性ABS樹脂
発火機構:デトネーター/ファイアリングプレート
撃発機構:内蔵式シングルアクション ハンマー
作動方式:デトネーター方式ブローバック(のちにCP方式)
カートリッジ:オープンタイプ(のちにクローズドタイプ)
使用火薬:平玉紙火薬1~2粒厳守(のちに5mmキャップ火薬)
全長:174mm
銃身長:102mm
重量:650g
口径:32ACP
装弾数:6発+1(薬室内)
(マガジンは、残弾確認孔が実銃同様7つ開いていたが、下部をウエイトとして使っていたため2発少ない6発しか入らなかった)
発売年:1977年(昭和52年)
発売当時価格:¥6,000-(カートリッジ別売り)
オプション:カートリッジ12発入り1箱¥500-
※smG規格(1977年)以前の模擬銃器(金属製モデルガン)は売買禁止。違反すると1年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます。(2014年現在)
※1971年の第一次モデルガン法規制(改正銃刀法)以降に販売されためっきモデルガンであっても、経年変化等によって金色が大幅に取れたものは銀色と判断されて規制の対象となることがあります。その場合はクリアーイエローを吹きつけるなどの処置が必要です。
※全長や重量などのデータは発売当初のメーカー発表によるものです。また価格は発売当時のものです。
1977年(昭和52年)は第二次モデルガン法規制施行の年だったので、新規モデルガンの発売は結果として少なくなってしまっていたようだ。
モデルガン業界は1974年(昭和49年)から日本モデルガン製造共同組合を作ってsmやsmⅡの自主規制を実施し、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)の改正反対運動を展開していたが、2回目の法規制が決定し1977年6月1日に改正法が公布された。具体的な規制内容を定める総理府令は9月10日に公布され、12月1日から施行された。
そのため1977年は量産モデルより短期間で作ることが可能なカスタム・モデルガンが駆け込み発売されたりもした。たとえば六研の真ちゅう製カスタムのガバメントや、ミコアームズのレイジングM50だ。どちらも材質や、分離式のバレルを備えているなど、第二次モデルガン法規制の対象となるものだった。製造数が少ないとはいえ、当然12月1日までに売り切らなければならない。
量産モデルは設計が完了していても、それから金型、テスト、量産と時間がかかるため、各社は様子見、市場の動向などを見極めようとしていたらしい。そして規制対象となるモデルガンを売り切らなければならなかった。新製品どころではなかったのだろう。
MGCはいち早くプラスチック化を進めていたので、1月ころには規制対象外となるプラスチックのパイソンを投入し、人気を集めていた。構造上も、材質からも、ずっと売り続けられるモデルだ。
中央:紙の身箱の中に樹脂フィルムを真空成型した仕切りがあった。発売当時、発泡スチロールの公害が問題になっていたためだという。
右:樹脂フィルムの仕切りでは緩衝効果があまり期待できないためか、後期は発泡スチロールのような別素材のものになった。
リボルバーばかりが発売される中、夏ころに発売されたのが、オートマチックで銃身分離型の32オートだ。しかも人気のブローバックモデル。アメリカ軍の将校用護身ピストルとしても使われ、映画やTVでも日活コルトがたくさん使用されていたので、ミリタリーファン、モダンガンファン、ポリスアクションや刑事モノファンにも受け入れられてもらえる銃だった。しかもお手ごろ価格。大評判となり、飛ぶように売れたという。
それにしても、なぜコルト32オートだったのか。設計を手掛けた小林太三さんに伺うと、通常のモデルガンルートではなく、一般玩具を手掛ける蔵前の問屋からの注文だったそうだ。
前述したように、当時は法規制の影響でモデルガンの新製品が少なくなっていた。あってもリボルバーばかりで、人気のあったブローバックするオートマチックはなかった。そこで、プラスチック製の手ごろな中型サイズのブローバックオートマチックを作って欲しいというものだったという。
MGCの会議で社長は人気の定番モデル、ブローニングM1910を候補に挙げたが、小林さんはストライカー方式では不発が起きやすいことから、似た形のコルト32オート(M1903)を提案した。ハンマー内蔵式なら先行したルガーP-08で証明されていたように、紙火薬でもちゃんと発火・作動させられる。しかもオールドファンには日活コルトのイメージで売ることができる。かつて日活の映画用プロップガンを作ったこともある小林さんは、日活コルトへの思い入れも強かったのだ。
結局、小林さんの提案は受け入れられ、32オートが作られることになった。32オートはストレートブローバックでありながらガバメントと似た構造で、しかもフレームにはレールのようなエジェクターがはめ込まれる形式。この部分をサブシャーシとして作ることが可能だったため、とてもモデルガン向きだったという。
かつて、1965年に小林さんのコルトポケット(32オート)を作りたいという希望は退けられ、代わりにFNブローニング380が作られることになった。そのリベンジをプラスチックの時代になって果たしたといえるのかもしれない。
32オートの設計コンセプトは、おもちゃの流通に流すため、できるだけシンプルに、手入れも簡単で、かつ安価に作ること。だからこのため新たにアメリカへ取材に行くことはできなかった。では、どうしたのか。書籍資料のみで設計したのだろうか。
小林さんはカメラマニアでもあり、日本製の特殊なピストル型カメラ「ドリュー2-16」を2台持っていた。そしてこのカメラの設計者とも会っていて、これが実銃の32オートを参考に実寸で作られていたことを知っていた。そこで、このドリュー2-16から逆に実銃の寸法を割り出していったという。
ベースとなったのはタイプIVかVのようだが、スライド先端はバレルブッシングを持つ初期型で、グリップセフティは省略された。またマガジンセイフティに関しても備えていない初期型の仕様となっている。そして実銃にはないバレル固定ピンが加えられている。
この仕様になったのは、いくつかの理由があるようだ。まず初期型だと骨董品になってしまって日活コルトとの馴染みがよろしくないこと。現代の刑事などが使うには後期型でなければならない。しかし、基本構造はプラスチックガバメント(GM2)の延長として設計されたため、スライドを重くするオモリとしてのバレルブッシングが必要だった。
マガジンセイフティとグリップセイフティは機能を省略しても外観からはわからない上、なければ初心者のために細かく説明する必要もなくなる。これは町の普通のおもちゃ屋さんで売るためには重要なことだった。そしてこれらを無くすことでコストを下げることもできる。もともと32オートはマニア向けの商品ではなかったのだ。
右:後期型グリップ ケミウッドグリップはオイルがつくと割れやすかったので、後に材質が変更され色の濃いものになった。
バレルの固定は、実銃と同じバヨネット形式だとプラスチックでは強度が出せないという判断からピン留めになっている。当然だろう。しかもバヨネット形式には高い精度が必要で、機械加工しなければならなくなり、コストが跳ね上がってしまう。
ちなみにバヨネット形式というのは、一眼レフカメラでレンズを90〜120°回転させて脱着する機構でも使われている。ブローニングM1910もバレルの固定はバヨネット形式で、考えてみればどちらもジョン・M・ブローニングの設計だ。そしてMGCのブローニングM1910(FN 380)もバレル固定はピンだった。何か因縁を感じずにはいられない。考え過ぎかなあ。
そして当時の紙火薬の性能に合わせて、不発が出ないようハンマーは打撃力を強くするため極力大きく重く設計された。外部からは見えない内蔵タイプだったため、実銃と違った形でも問題はなかった。最終的には実銃の2倍近い重量になったという。ところが、このため長く使う内に、または頻繁に空撃ちをすると、ファイアリングプレート後方の打撃を受けるところが溶接部から取れてしまうことがあった。これが唯一の弱点だった。
32オートの設計は1977年3月2日に終了し、金型製作に回された。その刻印がフレームにある。少年誌の広告などによると発売は8〜9月ころだったようなので、合っているとすれば半年ほどかかったことになる。たしか1年後くらいには手動式の安価なスタンダードタイプも発売されたと思う。
中央:キャップ火薬仕様のデトネーター
右:CP方式のデトネーター(前撃針)
さらに1979(昭和53)年、キャップブローバックの第1号ウッズマンが発売されるとすぐに32オートもキャップ化されている。このとき定価も1,000円上げられているが、おもちゃ屋さんルートメインということで、キャップ火薬対応が優先されたらしい。これで使い方も掃除も格段に簡単になった。
その後、32オートは1980年代にCP化され、さらにCP-HW化もされた。しかもMGCなき後、CAWから復活も果たしている。これこそ名銃の証だろう。
●Vintage Model-gunとは
本コーナーにおけるヴィンテージ・モデルガンは、原則的に発売されてから20年以上経過した物を対象としています。つまり2015年の現時点で1994年以前に発売されたモデルガンということになります。
Text & Photos by くろがね ゆう
協力:タニオ・コバ 小林太三
撮影協力:北海道 櫻澤 モデルガンショップアンクル
Gun Professionals 2015年2月号に掲載
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