2025/03/25
軍用拳銃 M1911A1
軍用拳銃 M1911A1
軍用拳銃としての要素を
全て網羅したマスターピース
Text & Photo by E Morohoshi
Gun Professionals 2013年2月号に掲載
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はじめに
例えばここに腕時計があり、通常タイプと軍用(ミリタリー)ウォッチの二種類があったとする。何となく軍用ウォッチにはタフで正確、多機能な上に壊れにくいという印象がある。どちらを選ぶと聞かれたら、何事も「軍用」と名のつく物が好きな筆者は、もちろん軍用ウォッチを選んでしまうだろう。しかし、近年の軍用ウォッチはデザイン的にも垢抜けたものが多くなった。
銃器の場合は、一般的にコマーシャルモデルは造りがタイトで、軍用銃は遊びが多いとされている。砂利や泥まみれになってもしぶとく作動を続けるAKがその良い例であろう。ここでも筆者はやはり軍用銃の方により強い魅力を感じてしまう。
軍用拳銃というと、筆者のイメージとして真っ先に浮かぶモデルはどうしてもM1911A1ということになる。軍用拳銃にはヨーロッパ製、アメリカ製など数多く存在するが、口径によるパンチ力、無骨さ、機能一点張りなどといった観点からすれば、M1911A1が最も相応しいように思えるからだ。そう考えるとM1911A1は、軍用拳銃が持つべき要素を網羅した、均整のとれたモデルと言えよう。
そこで今回は、筆者イチオシの軍用拳銃、M1911A1を紹介してみたい。

筆者にとって十四年式もP38もお気に入りだが、軍用拳銃としてM1911A1と比較した場合、どうしても陳腐さを感じてしまうのだ。
M1911
今回紹介するColt製M1911A1は、951856というシリアル・ナンバー(以下S/N)と、マグキャッチ上部にある“G.H.D”の検査印などから、1943年製造であることがわかる。つまり人間に例えるなら、70歳に手が届くご高齢ということになる。M1911A1の生い立ちを辿るには、当然のことながら、誕生から既に100年が経過した兄貴分のM1911に触れる必要がある。


1911年12月28日、天才銃器デザイナー、ジョン・ブラウニングの手によって誕生したM1911の生産が開始された。1917年、アメリカが第一次世界大戦に参戦するまでに、コルト社とスプリングフィールド造兵廠は、55,553挺のM1911を軍に納入していた。またこの間コルト社は軍用モデルの他に、86,000挺を超える民生バージョンのM1911タイプも生産している。
当初一日あたり470挺程度であったM1911の生産数は、アメリカ参戦による戦争特需のおかげでわずか数ヵ月の内に日産2,200挺にまで膨れ上った。それでも軍が示すM1911の必要数、250万挺という膨大な需要を満たすにはほど遠く、そのためコルト社以外にも生産拠点を設けようと、第一次ライセンス生産計画が発足する。ところがアメリカ国内のみならず、カナダの工場まで巻き込んだ大計画は、第一次大戦の終戦によって全ての政府契約がキャンセルされてしまった。そのためM1911ライセンス生産モデルが陽の目を見ることはなかった。


終戦時、アメリカ軍は529,985挺*のM1911を所有していた。ライセンス製造契約終了により、コルト社以外のすべての契約会社に残っていたM1911製造用機材及び未使用パーツ類はすべて回収され、スプリングフィールド造兵廠に保管されることになった。軍は回収当初、将来これらのパーツを組み上げることで相当数のM1911が完成するものと想定していたが、実際に調査を行なってみると、各パーツの互換性に疑問の残ることが判明した。
*本稿に掲げているこれらの数字は、文献や資料により諸説あり、これが絶対的に正しいとは言い難い。
1919年の時点でアメリカ軍は110万挺の拳銃を必要としていたのに対し、実際に保有するリボルバーとオートマチックを併せた総数は67万挺に過ぎなかった。軍としては直ちに不足分の40万挺強を補填しなくてはならないという状況にあったが、終戦による景気後退と軍縮ムードからこの予算がとれず、新たなM1911発注には至らなかった。
1924年、軍からコルト社に対し正式な次期M1911発注についての打診があった。この頃コルト社は、民間技師、Marcellus Ramboの進言を採り入れ、操作性改善のための次のようなマイナーチェンジを施すことになった。それによりM1911は、後の“シリーズ70”ガバメントモデルに通じる見慣れたデザインとなる。

●トリガーに人差し指が届きやすくなるよう、トリガーをショートタイプに変更、更にフレームのトリガーガードの付け根を半月型にえぐる。
●親指の付け根をハンマーとフレームに挟まぬよう、グリップセイフティの形態を修正。
●メインスプリングハウジングのバックストラップ部にカーブを付与。
●M1911オリジナルパーツとの互換性を確保する。
1924年、コルト社はこの改造プランをもとに、1,000挺のM1911改を限定生産した。この1,000挺は、いわゆる“伝説の1,000挺”と呼ばれ、卓越した生産技術により高い精度を誇る逸品だ。これが初代“ナショナルマッチ”モデルの元銃になったと言われている。
1926年5月17日、このM1911改は軍による制式採用を受け、ここに名銃M1911A1が誕生した。
